電気事業開業と福島電気
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/17 17:13 UTC 版)
「木曽川電力」の記事における「電気事業開業と福島電気」の解説
親会社の名古屋電灯が木曽川開発を計画し水利権獲得にあたっていたころ、福島町周辺の水利権のうち地元の川合勘助・小野秀一らが出願していた新開村地区の水利権を取得する際、これを譲り受ける代償として地元で工業を興すよう求められた。この要求を受けて電気製鋼所によって工場建設と水力開発を併せて進めるという構想が立てられ、まず1917年12月27日、電気製鋼所は電気事業経営を定款に加えた。発電所建設は新開村(第一発電所)と福島町神戸地区(第二発電所)の2か所で進められ、第一発電所は出力1200キロワットで1919年1月31日に竣工、第二発電所は出力1800キロワットで1920年6月16日に竣工した。第一発電所は木曽福島工場の稼働とともに送電を開始し、続く第二発電所の稼働によって工場設備が増設された。 その間の1919年9月26日、電気製鋼所は福島町の小規模電気事業者である福島電気株式会社の合併を決定した(12月24日合併登記)。同社は福島町で酒造業を営む川合勘助・小野広助らによって設立。資本金5000円という規模ながら木曽地域で最初の電気事業者であった。発電所については設計・工事を中部地方で多くの発電所建設に携わった技師大岡正に委嘱して木曽川支流の黒川に建設し(杭ノ原発電所・出力50キロワット)、配電工事の竣工を待って1908年(明治41年)5月に開業した。 開業時、福島電気の供給区域は福島町内と発電所のある新開村杭の原集落であり、電灯数は610灯であった。その後事業は順次拡大し、1912年(明治45年)には資本金を5万円へ増資し、駒ヶ根村(現・上松町)への供給も始めている。さらに1917年6月、福島電気は鳥居電力と合併した。この鳥居電力株式会社は、1912年9月17日、木祖村と楢川村(現・塩尻市)の有志によって木祖村薮原に資本金2万円にて設立。中央本線鳥居トンネルの掘削工事用に奈良井(楢川村)側に設けられていた水力発電所を当時の鉄道院から買収し、翌1913年5月に開業した。合併前の時点で供給区域は木祖・楢川両村であり、また福島電気の供給区域は福島町と新開村・駒ヶ根村・日義村(現・木曽町)であった。 電気製鋼所が上記福島電気を合併した時点で、同社の資本金は6万4000円であり、合併に伴って電気製鋼所は28万8000円を増資し資本金を278万8000円としている。また合併により福島電気の電灯・電力供給事業を引き継ぎ、福島町に木曽福島電灯営業所を開設した。
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