農大ワンゲル部の概要
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「東京農業大学ワンダーフォーゲル部死のシゴキ事件」の記事における「農大ワンゲル部の概要」の解説
農大ワンゲル部は、1956年10月ごろに同好会として発足し、1959年には部に昇格して、ワンダーフォーゲル運動をするに至ったが、その内容は山岳部に近いかなり高度の山岳活動を行なっていた。同部では、下記のような募集文をもって、部員を勧誘していた。 自然を愛するものばかりが集って、一年中活動がたえない愉快なクラブ、美しい自然の中に身を投げ出し、そこに部員相互の友情を厚くし…… — 東京農業大学ワンダーフォーゲル部部員募集、時事問題研究会 (1965). “内外ニュース問答 シゴキ事件と大学生”. 社会人 196: 50-51. ところが、勧誘文とは正反対に農大ワンゲル部では、錬成のためと称して、下級生、特に新人部員に対して、素手や棍棒で殴る、登山靴のまま蹴るといった直接的な暴行や、走らせる、重い荷物を背負わせる、厳しい言葉で叱るなど手法により、肉体的・精神的苦痛を与える、「シゴキ」と称する体罰が常態化していた。その厳しさは年々増して、部の伝統となって歴代部員に対して行われていた。「シゴキ」は、後述する本事件の刑事裁判において、新人部員が「シゴキの苦しさの為大洞山付近に於いて上級生に手留弾を投げたいなどと憤懣をもらして」いたと証言するほど激しく、被告人ら自身も「新人部員として錬成山行に参加したときはいずれも本件におけるが如きシゴキを受けたが、予期に反した凄まじさに、なぜこんなに苦しまねばならないのかと煩悶していた」と認めるほど、過酷なものであった。また、同部では下記の言葉に代表されるような、先輩後輩の別が厳としてあり、2年生部員が主として暴行を実行するとともに、他の上級生はその実行について2年生を督励していた。 一年生をしつかりシゴけ、さもないと上級生が二年生をシゴく — 主将はじめ上級生部員、東京家庭裁判所 昭和40年(少)14801号 決定 監督らの意に従わなければ自分たちがしごかれるのは、3年生も同様であった。しかも、離脱することは許されず、新人部員はいかなる事態となっても上級生に絶対服従して山行を終えなければならないのであった。
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