貿易と在日インド人コミュニティ
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「日印関係」の記事における「貿易と在日インド人コミュニティ」の解説
「在日インド人」も参照 日本には、貿易に従事するインド人が、開港地であった横浜・神戸に多く居住した。横浜への居住は開港後間もなくから、神戸への居住は1885年頃からとされる。 1923年、関東大震災によって横浜が大きな被害を受けると、横浜に暮らしていたインド人は親戚や知人を頼って関西地方に移住し、とくに神戸に集中するようになった(戦前の最盛期には兵庫県に600人あまりのインド人が暮らしていた)。1934年には神戸に日本初のモスクである神戸ムスリムモスクが建設されたが、インド人貿易商が大口寄付者として名を連ねる。1937年には在日本印度商業会議所が神戸で設立されている(第二次世界大戦後の1957年に本部を大阪に移転)。 1934年1月5日、日本とインド(当時のイギリス領インド帝国: 1858~1947)は、「1934年日印貿易協定(英文名称: Indo-Japanese Trade Agreement of 1934)」をニューデリーで締結した。1937年4月1日、日本とインド(当時のイギリス領インド帝国: 1858~1947)の間で署名された「1937年日印貿易協定(英文名称: Indo-Japanese Trade Agreement of 1937)」が発効した。期間は3年間で、期限は1940年3月31日までであった。 1939年、第二次世界大戦の勃発とともに、インドからの輸入を制限する政策が採られ、インド商人たちは苦境に陥った。インド人たちは商社を閉鎖し、その多くが国外に拠点を移して去った。インド商人は第二次世界大戦後に再び来日することになるが、戦前からの縁故もあり、神戸は長らく日本のインド人コミュティの中心地であった。
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