諸門
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/18 15:26 UTC 版)
一国一城令で茨木城が廃城するにあたり、茨木城の門が各地に移築されたと伝承されている。 総門片桐貞隆の江戸屋敷に表門として移築 搦手門茨木神社の東門に移築されたといい伝わる 櫓門慈光院の表門に移築 脇門妙徳寺の表門に移築 櫓門(復元)茨木市立茨木小学校に復元された
※この「諸門」の解説は、「茨木城」の解説の一部です。
「諸門」を含む「茨木城」の記事については、「茨木城」の概要を参照ください。
諸門
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 09:12 UTC 版)
京都御所の敷地を囲む築地塀は5本の筋の入った格式の高いもので、計6か所の門(皇居六門)が設置されている。南面の建礼門(けんれいもん、正門)、北面の朔平門(さくへいもん、北門)、東面の南寄りに建春門(けんしゅんもん、東門)、西面の南寄りにある宜秋門(ぎしゅうもん、西門)が四方の正門で、西面には宜秋門の北に清所門(せいしょもん、清所御門)、その北に皇后門(こうごうもん、皇后宮御門)がある。これらの六門のほかに「穴門」(あなもん、掖門:えきもん)という屋根のない入口が12か所(南面に1、東面に5、西面に4、北面に2)ある。 鬼門にあたる敷地の北東角では、築地塀がそこだけ凹んでおり、「猿ヶ辻」と称されている。名称の由来は、ここに魔除けのために日吉山王社の神使とされる猿を祀ることによる。 建礼門(南面) 朔平門(北面) 建春門(東面) 宜秋門(西面南) 清所門(西面中) 皇后門(西面北) 猿ヶ辻 「猿ヶ辻」は、北東の鬼門方位であり、凹んでいることから、「御所が鬼門を避けている」「除けている」と考えられ、それが後世まで鬼門を除ける手法とされてきた。現代でも人々は縁起を担いで鬼門とされる住宅の北東部分に魔除けとして柊や南天、万年青を植えたり、鬼門や裏鬼門(南西)から水回りや玄関を避けて家作りをするなど、鬼門を恐れた家相を重視する社会通念は根強く残っており、東京芸術大学、東京工業大学名誉教授 清家清の著書『現代の家相』において「家相の教え通りに凹ませている」と述べている。事実、京都のNPO法人が2015年に行った調査では、京都市内中心部だけでも、ビルや店舗、一般住宅など約1100か所に、四角く囲って玉砂利を敷いたり、柊や南天を植えたりした鬼門除けがあることが判明している。
※この「諸門」の解説は、「京都御所」の解説の一部です。
「諸門」を含む「京都御所」の記事については、「京都御所」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書から諸門を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。

- >> 「諸門」を含む用語の索引
- 諸門のページへのリンク