第26/27次長期滞在
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「パオロ・ネスポリ」の記事における「第26/27次長期滞在」の解説
ネスポリは、第26/27次長期滞在ではフライトエンジニアを務め、ヨーロッパ人として3人目となる6ヵ月のミッションを行った。 2010年12月15日、ネスポリはソユーズTMA-20でバイコヌール宇宙基地を出発し、ロシア人宇宙飛行士のドミトリー・コンドラティェフ、アメリカ人宇宙飛行士のキャスリン・コールマンとともにISSを訪れた。3人は2011年5月に地球に帰還した。‘MagISStra’と名付けられたこのミッションは、ネスポリの2度目の宇宙飛行となった。 2010年12月から2011年5月にかけて、ISSでのネスポリの任務は、2度目の欧州補給機「ヨハネス・ケプラー」のドッキング操作等があった。1月初め、ネスポリはドキュメンタリー映画First Orbitの大部分の撮影を行い、撮影監督としてクレジットされることとなった。 ネスポリは、日本の宇宙ステーション補給機(HTV-2)の到着作業にも参加し、コールマンが捕獲したHTV-2をISSに係留させる作業を担当した。2011年5月には、アルファ磁気分光器(AMS-02)がスペースシャトルでISSに運ばれた。第27次長期滞在の期間である2011年5月4日、ネスポリの母のマリアが死去した。翌日、葬儀が行われる時間に合わせ、乗組員は1分間の黙祷を捧げた。 ネスポリは宇宙ステーションで、放射線測定から、油槽からの石油回収を向上させるための測定まで、様々な実験を行った。このミッションにおける科学プログラムは、人間の研究から、液体物理学、放射線、生物学、技術の実証まで、様々な分野に及んだ。 ネスポリは、欧州の提供施設コロンバスでも実験を行った。彼は宇宙飛行士として、ESA、NASAだけではなく、日本やカナダの宇宙庁のための実験も行った。またミッションの間、彼は"Mission X: Train Like an Astronaut"等のいくつかの教育活動も行った。また、ESAの3Dカメラを使ってISSの画像を撮影した。 2011年5月23日にソユーズTMA-20でISSを離れる際、彼はソユーズから、ISSにドッキングするスペースシャトルの姿を史上初めて撮影することができた。
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