第二期ソロ〜デビュー25周年
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「甲斐よしひろ」の記事における「第二期ソロ〜デビュー25周年」の解説
1994年、レコード会社をポニーキャニオンへ移籍。4年ぶりのオリジナル・ソロ4thアルバム、『太陽は死んじゃいない』を発表。12〜1月には、翌年のデビュー21周年記念イベントのプレステージとしての『21st anniversary special event Singer』を開催(埼玉・三郷、名古屋、大阪の3会場3公演)。 1995年1月14日、デビュー21周年記念として、日本武道館での『21st.anniversary special event/Singer』を開催。ゲストとして松藤英男と田中一郎が登場(大森信和は急病で欠席)し、久々に同じステージに立った。3月8日には、日本武道館での阪神大震災被災者支援コンサート「March of the Music」に出演。また2001年までに、計5回開催された日清パワーステーションでの実験的ライヴ、『ROCKUMENT』(5回目のみSHIBUYA-AX他にて開催)がスタート。そして、初のソロ名義ベスト盤『少年の蒼 (KAI YOSHIHIRO Best Selection)』も発表。 同年、レコード会社を再び古巣東芝EMIへ移籍。 1996年、2年ぶりのオリジナル・5thソロアルバム、『GUTS』を発表。アルバム・ツアー『Welcome to the "GUTS FOR LOVE" Tour』を開催。 同年、甲斐バンドを期間限定で再結成。セルフカバー・アルバム『Big Night』と新曲『ティーンエイジ・ラスト』を発表。コンサート・ツアーも開催。 1997年、オリジナル・6thソロアルバム、『PARTNER』を発表。アルバム・ツアー『THE PARTNER TOUR 1997』を開催。 1998年5月4日、この年より始まった「MUSIC DAY」(会場:渋谷ON AIR EAST)に出演(アンコールで仲井戸麗市とセッションで共演)。 同年6月20日(の23:30開場)、『“MIDNIGHT・UNPLUGGEDER”』と題する深夜0時開始のライブを日清パワーステーション(10日後の6月30日をもって閉店)にて開催。(ゲストにEAST ENDのGAKU-MCが出演、終演は午前4時頃であった) 同年、レコード会社をSMEJ Associated Recordsへ移籍。小室哲哉プロデュースにより、9月を皮切りにシングル3枚を発売。コラボレーションに際してお互いに決めたテーマは「最初から大きく宣伝するのではなく、1対1で緻密に作り上げる」こととし、「お互いの人間的感触・テイストが見てみたい」思いから、プロデュース・作曲・編曲は小室、作詞は甲斐に完全に分担された。 同年12月25日渋谷公会堂、28日Zepp Osakaにて、スペシャル・ライブ『1998 Holy night I need your kiss』開催。 1999年3月、音楽活動25周年記念として、甲斐よしひろ全告白集『か・さ・ぶ・た』をワニブックスより刊行。 同年6月、Zeppでのライブツアー『Highway 25 “UP”』(5会場5公演、名古屋のみクラブ・ダイアモンドホール)開催。 同年8月25日、デビュー25周年記念のCD-BOX『HIGHWAY 25』を発売。同時に公式ウェブサイト「KAI WEB」開設(このサイトはソニー・ミュージックエンタテインメント運営のため、契約終了と同時にコンテンツが移設、現在の「KAI SURF」となっている)。 同年11月13日、新高輪プリンスホテル・大宴会場「飛天の間」にて、デビュー25周年を記念したライブ『Golden Thunder Review HIGHWAY 25 Standing in 飛天』を開催。多彩なゲストを招いたこのライヴでは甲斐バンドのメンバー全員も出演し、活動を再開することも伝えられた。
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