わい‐が【淮河】
淮河
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/15 02:33 UTC 版)
淮河(わいが、拼音: )は、中華人民共和国を流れる川の一つで、長江・黄河に次ぐ第三の大河。古くは「河」が黄河の固有名詞であったので、淮水と呼んだ。長さは1,078キロメートル (km)、流域面積は174,000平方キロメートル (km2)に及ぶ。
- ^ a b 香取啓介 (2013年7月10日). “中国の大気汚染、南北差くっきり 淮河を境に寿命にも差”. 朝日新聞デジタル. テック&サイエンス. 2013年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月12日閲覧。
- ^ 何昌 (2023年1月10日). “桐柏山-淮源风景名胜区” (中国語). 『中国大百科全書』第三版オンライン版. 2023年2月5日閲覧。
- ^ 中華人民共和国国務院 (2009年12月28日). “国务院关于发布第七批国家级风景名胜区名单的通知 国函〔2009〕152号” (中国語). 中華人民共和国中央人民政府. 2023年2月5日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 報道ステーション SUNDAY、 2013年9月29日放送
淮河
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「1931年中国大洪水」の記事における「淮河」の解説
長江と淮河の洪水は、まもなく当時の中国の首都・南京市に到達した。大規模な洪水帯の孤島部に位置する南京市は壊滅的被害を受け、水死あるいはコレラやチフスといった水媒介性感染症で数百万人が死亡した。困窮した住民により妻や娘が身売りされ、子殺しやカニバリズムまでもが政府に詳細に報告された。被害地域は湖北省や湖南省、江西省、武漢市、重慶市などであった。8月19日には武漢市の漢口で水位が通常時を16m上回り、高水位線にまで達した。ちなみに通常時の平均水位は、上海外灘より1.7m高い程度である。1931年8月25日夜、京杭大運河の増水によって高郵湖(英語版)近くの堤防が決壊し、この決壊による洪水で、就寝中の約20万人が水死した。
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