浮上中の潜水艦との衝突
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 09:16 UTC 版)
「軍艦の事故」の記事における「浮上中の潜水艦との衝突」の解説
潜水艦は浮上状態であっても乾舷や全高が極端に低く、加えて水上からの被発見の可能性を減ずるために暗色の船体塗粧が施されていることが多いため、他艦船からの視認性が非常に低い。このことは平時でも衝突事案の生起し易い要因となっている。 代表的な事例 メイ島の戦い(イギリス) - 1918年1月31日水上部隊とそれに随伴する潜水戦隊が灯火管制下でフォース湾を出撃する際、メイ島付近で陣形の乱れから多重衝突。K級潜水艦の2隻が沈没、K級4隻と偵察巡洋艦「フィアレス」が大破、巡洋戦艦「インフレキシブル」も損傷した。 伊号第六十三潜水艦(日本)と伊号第六十潜水艦(日本) - 1939年2月2日、死者81名襲撃訓練準備のため水ノ子島灯台北西の豊後水道に伊63潜が暗夜漂泊中、接近してきた伊60潜が伊63潜の右舷中央部に衝突。伊63潜は沈没し全員死亡、伊60潜は艦首を大破。 伊60潜は自艦の配備位置を伊63潜のものと取り違えており、また現場では伊63潜の灯火を見誤っていた。 伊号第六十一潜水艦(日本) - 1941年10月2日、死者70名烏帽子島灯台南西の壱岐水道を夜間浮上航行中、反航する特設砲艦「木曽丸」(大阪商船貨物船)に左舷後部に衝突され沈没。生存者2名。 伊63潜の事故後に装備された側灯(太平洋戦争開戦後に廃止)が活用されず、マスト灯と側灯を消灯していたため再度の事故となった。 潜水艦なだしお遊漁船第一富士丸衝突事件(日本) - 1988年7月23日、死者30名横須賀港沖で、浮上航行中の潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一富士丸」が衝突し、「第一富士丸」が沈没。救難設備の少ない潜水艦の構造が迅速な救助を困難にし、犠牲者数を増す一因となったとも言われる。 パコーチャ(ペルー) - 1988年8月26日、死者8名カヤオ港沖で、薄暮と霧の中で浮上航行中の「パコーチャ」と日本の鮪延縄漁船「第八共和丸」が衝突し、「パコーチャ」が沈没。同潜水艦は米潜「アトゥル」の後身で、当時艦齢44年の老朽艦であった。
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