日本単独運営期(1929 - 38)
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「東方文化事業」の記事における「日本単独運営期(1929 - 38)」の解説
1931年4月:上海自然科学研究所の正式開所。 所長には中国人学者を充てることができず横手千代之助(東京帝大名誉教授)を任命(1935年2月、第2代所長として新城新蔵が就任)。 1932年:瀬川浅之進が総務委員を辞任、橋川時雄が総務委員署理として事実上の後任事務局長となり、以後日本の敗戦まで北京に駐在。 1936年7月:外務省文化事業部、北京・上海に小図書館の設置準備を決定。 1936年9月:北京・上海に近代科学図書館の発足。 1936年12月:北京近代科学図書館の開館。館長代理は山室三良(外務省留学生)。 1937年3月:上海に近代科学図書館の開館。館長は上崎孝之助(元東京朝日新聞)。 1937年8月:第2次上海事変の影響により上海近代科学図書館が一時閉館。 1938年4月:東方文化学院、東京の(新)東方文化学院と京都の東方文化研究所に分離。
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