日本のファンダム
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日本では1957年、柴野拓美の主宰する「科学創作クラブ」が日本初のSF同人誌「宇宙塵」を創刊。矢野徹も当初から参加していた。1958年にはSFファンダムの有名人となる野田昌宏も参加。この同好会からは多くのプロのSF作家を輩出している。日本SFの黄金時代を支えたSF専門雑誌S-Fマガジンは1959年の創刊であり、このころの日本のSFファンダムはアメリカでの黎明期とは異なり、大人がほとんどだった。 1962年の第1回日本SF大会は宇宙塵創刊5周年及び「SFマガジン同好会」発足を記念として開催された。1965年、日本SFファングループ連合会議が結成され、野田昌宏が初代議長に就任した。 1960年代後半(昭和40年代)になると若いSFファンが増え、「青少年ファンダム」と呼ばれる新たな勢力となる。このころから活動している有名なSFファンとしては、安田均、難波弘之、巽孝之、永瀬唯、新戸雅章、志賀隆生、永田弘太郎、高橋良平などがいる。 1970年代後半(昭和50年代)には、『宇宙戦艦ヤマト』(1974)、『スター・ウォーズ』(1978)、『機動戦士ガンダム』(1979) などの影響で新たなSFファンが急増した。この世代の有名なSFファンとしては、小川隆、水鏡子、大野万紀、菊池誠、大森望、山岸真、牧眞司、岡田斗司夫、武田康廣、中村融、山形浩生、柳下毅一郎、小谷真理などがいる。関西海外SF研究会 (KSFA) が1977年に「海外SFセミナー」を開催し、1980年には東京理科大学SF研究会の牧眞司らがSFセミナーを開催、その後毎年行われるようになった。京都大学SF研究会は1982年、大森望らにより第1回京都SFフェスティバルを開催、こちらも毎年行われている。また、SF作家石原藤夫がハードSF研究所を設立したのも1982年である。
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