政府と軍の無条件降伏とは? わかりやすく解説

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政府と軍の無条件降伏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 14:49 UTC 版)

第二次世界大戦」の記事における「政府と軍の無条件降伏」の解説

ヒトラー遺言に基づき彼の跡を継いで指導者となったカール・デーニッツ海軍元帥フレンスブルク仮政府樹立しフレンスブルク政府)、連合国との降伏交渉開始した5月7日フレンスブルク政府の命によってドイツ国防軍政府連合国無条件降伏することが決定した。これはドイツ政府と軍による完全な無条件降伏であったアルフレート・ヨードル上級大将アイゼンハワー司令部に赴き、国防軍代表として降伏文書署名し停戦5月8日午後11時1分に発効する定められた(ドイツの降伏文書 (en))。翌午後11時にはベルリン市内のカールスホルスト (Karlshorst) の工兵学校で、降伏文書の批准が行われ、ドイツ国防軍代表ヴィルヘルム・カイテル元帥連合軍代表ゲオルギー・ジューコフ元帥、アーサー・テッダー元帥降伏文書の批准措置行った。なお日独伊三国同盟には、降伏前に同盟国日本協議を行う決まりであったが、いまやドイツ日本政府協議する余裕はもうなかった。 なお連合国フレンスブルク政府対し政府としての承認は行わなかった。5月23日には全閣僚連合国逮捕され、その機能失ったその後6月5日ベルリン宣言により中央政府ドイツ存在しないこと(中央政府ナチ党であり、ドイツ国降伏とともに消滅したこと)が確認された。敗戦後中央政府ドイツ存在しない点は、敗戦占領後中央政府存在し続けた日本大きく異なる。 これによりドイツ国イタリアの2国の枢軸国連合国側降伏しヨーロッパで戦い終結したその後欧州では小規模かつ局地的な戦闘続いたものの、国家間での戦闘行為最後枢軸国である大日本帝国満洲国など数少ない友好国、そしてそれに対すイギリスオーストラリアアメリカ中華民国などの連合国による東南アジア東アジア太平洋地域のみとなった

※この「政府と軍の無条件降伏」の解説は、「第二次世界大戦」の解説の一部です。
「政府と軍の無条件降伏」を含む「第二次世界大戦」の記事については、「第二次世界大戦」の概要を参照ください。

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