批評の受容
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/01 12:08 UTC 版)
『雄羊の毛刈り』は生きるであろう作品であり、ミスタ・ロバーツの名前がこれによっていつまでも記憶されるであろう作品だ。 — 『Table Talk』、1890年 絵画は当初、メルボルンの新聞『ジ・エイジ』で好評を博し、「明確にオーストラリアの性格の、たいへん重要な作品」("most important work of a distinctly Australian character")であると報じられた。しかしながら、より保守的な分子は批判的であったし、メルボルンの主要な美術批評家で『The Argus』のジェームズ・スミス(James Smith)は、絵はあまりにも自然主義的だとコメントした。「アートは、一回のものではなく、すべての時間のものであるべきで、一つの場所ではなく、すべての場所のものであるべきである」("art should be of all times, not of one time, of all places, not of one place")、付け加えて、「われわれは羊がどのように毛を刈られているかを見るためにアート・ギャラリーに行くことはありません」("we do not go to an art gallery to see how sheep are shorn")これに応えて、ロバーツは「芸術を、一度の、そして一か所の完璧な表現にすることによって、いつでも、あらゆる場所でそれが成り立つ」("by making art the perfect expression of one time and one place, it becomes for all time and of all places")と述べて、主題の選択を擁護した。 『The Argus』は、絵の1890年の批評で、「生来そうなるように現地で生まれた」("native and to the manner born")毛刈り人が「若きオーストラリアの身体的特徴」("the physical characteristics of Young Australia")を提示していると書いた。美術史家クリス・マコーリフ(Chris Mcauliffe)は、この解釈を繰り返し、毛刈り人らを「男らしさの完璧な標本」("perfect specimens of manhood")と呼んだし、彼らは、ロバーツのビジョンの中では、「オーストラリアのいわゆる『来たる男』」("the so-called 'coming man' of Australia")を代表していた。 より近年の批評家らの述べるところによれば、これは、オーストラリアの田園生活の理想化されたノスタルジックな見方を提示しており、あらたに組織化された毛刈り人らと土地定住者らとの間で当時、起こっている紛争の兆しはなく、その紛争は1891年のオーストラリアの毛刈り人らのストライキにおいて最高潮に達した。しかしながら、絵は最終的には「新興の国民的アイデンティティーの決定的なイメージ」("the definitive image of an emerging national identity")と見なされることになる。
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