少数民族の民兵組織とは? わかりやすく解説

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少数民族の民兵組織

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 04:58 UTC 版)

ミャンマー」の記事における「少数民族の民兵組織」の解説

2009年現在も、カチン独立機構英語版)(KIO)の軍事部門であるカチン独立軍(KIA)、旧ビルマ共産党流れを汲むワ州連合軍英語版)(UWSA)、カレン民族同盟軍事部門であるカレン民族解放軍シャン州軍(SSA)、コーカン族民兵組織である全国ミャンマー民主同盟軍(MNDAA)などがあり、なかにはカレン民族解放軍分派民主カレン仏教徒軍(DKBA)のように親政府の民兵組織まで存在するその後反政府転向。同項参照)。 1990年代初頭ビルマ共産党内紛崩壊した事により、キン・ニュンが同党の後身組織であるワ州連合軍との停戦成立させたのを皮切りにカレン民族解放軍や(都市部での学生運動端緒としており他の民兵組織異なるが、弾圧により地下組織化した)全ビルマ学生連盟英語版)(ABFSU)などを除いてほとんどの組織政府軍との停戦に応じている。ただし、この停戦投降には程遠くいずれの組織武装解除にはほとんど応じず独自の解放区維持し続けている。政府側は解放区における民兵組織既得権益追認し、その一方で解放区内に政府軍警察部隊を進駐させるなど「飴とムチ」の構えとっている。特にUWSASSAMNDAA麻薬製造続けている一方で国内ではホテル銀行などの合法ビジネス行なっており、現在でも中国などから入手した高度な装備保有している。UWSAなどシャン州民兵組織中国・ミャンマー国境軍事的に重要な地域支配地域存在しており、経済封鎖中国偏重になっているミャンマー経済生命線握っているともいわれる。 これらの民兵組織は現在も停戦続行しているものの、軍事政権内で和平推進であったキン・ニュン派の失脚停戦条件である自治拡大実行されていない事などから反発強めているともされている。とくに最近では和平推進派が軍事政権内で減退した事から強硬派強まっているとされ、2009年には麻薬捜査発端としてMNDAAミャンマー政府軍交戦状態に発展した。このほかの各民族私兵にも自主的に解散もしくは国軍指揮下の国境警備隊編入するかを要求したが、全民兵組織から拒否され頓挫した2013年1月現在、国軍カチン独立軍交戦状態にあり、カチン州では難民発生している。 かつて麻薬王として知られクン・サ率いモン・タイ軍自主的に解体されたものの、同軍の将兵UWSAなどに流れていった。旧ビルマ共産党同項目書かれている経緯から分裂して消滅しており、中国国民党残党高齢化国際支援消滅クン・サなどの分派登場などから既に過去存在となっている。

※この「少数民族の民兵組織」の解説は、「ミャンマー」の解説の一部です。
「少数民族の民兵組織」を含む「ミャンマー」の記事については、「ミャンマー」の概要を参照ください。

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