基礎事情の錯誤についての要件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 08:53 UTC 版)
「錯誤 (民法)」の記事における「基礎事情の錯誤についての要件」の解説
基礎事情の錯誤(2号錯誤)の場合は、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、取り消すことができる(民法95条2項)。 2017年の民法改正により、従来の動機の錯誤は基礎事情の錯誤の規定が適用される限りで救済されることとなった。新設された95条2項は、動機の錯誤について、その動機が意思表示の内容として表示されていることが必要とする改正前の民法95条での判例に対応したものである。ただし、改正後は意思表示の内容が要件からなくなり法律行為の基礎とされていることの表示のみを要件としたとする見解もある。 改正前の民法95条の議論では、動機の錯誤と民法95条の錯誤の関係について、動機錯誤否定説(動機排除説)、動機表示錯誤説(動機表示必要説)、一元的構成説(動機表示不要説)があった。 動機錯誤否定説(動機排除説) 動機の錯誤は民法95条にいう錯誤にあたらないとする説。起草者はこの説をとっていたとみられる。 動機表示錯誤説(動機表示必要説) 動機の錯誤は民法95条にいう錯誤にあたらず、動機が明示又は黙示に表示されて意思表示の内容となった場合に限り民法95条にいう錯誤となるとする(従来の通説・判例。判例として大判大3・12・15民録20輯1101頁、最判昭29・11・26民集8巻11号2087頁)。ただ、動機が表示されて意思表示の内容となった場合を含めるとすると、錯誤を意思と表示の不一致という理論構成がとりにくくなるため、錯誤の定義について「真意と表示から推断される意思の不一致」あるいは「意思表示と事実の不一致」といった定義の修正が図られている。この説の根底にあるのは、動機の錯誤の中にも表意者を保護すべき場合があるから95条の「錯誤」の対象とすべきであるが、一方で表意者に錯誤があることを全然知りえない場合にまで錯誤無効となるのは相手方にとって酷であり、取引安全を不当に害するものだという価値判断である。したがって、この説の理解として、例えば持っていない本だからと誤信して、「自分はまだこの本を持っていないから買っておきたい」と購入時に言っておけば、家に帰って同じ本が既にあったというようなとき(いわゆる狭義の動機の錯誤)、錯誤が表示されている以上95条の「錯誤」に含まれるから、更に「要素の錯誤」と評価され95条但書の重過失がなければ無効となると説明する書籍があるが、この説からも錯誤無効は成立する余地は無いと説明されるのが一般的であった。判例は動機の錯誤の表示を必要とするとしつつ、黙示の表示という態様によってでも95条の「錯誤」を認めている以上、単純に言ったか言わなかったかを問題の焦点にするわけではないことに注意しなければならない。 一元的構成説(動機表示不要説) 錯誤の生ずるのは多くの場合に動機の錯誤であること、動機の錯誤と表示行為の錯誤との区別は明確にできないこと、錯誤無効の判断には相手側の事情も考慮すべきことなどから動機の錯誤も95条にいう錯誤になりうるとし、民法95条の錯誤無効については要素の錯誤の存否や重過失の有無の観点から捉えられるべきであるとする説。多数説とされていた。近時このような構成をとったのではないかとみられる判例も出されている(最判平14・7・11判時1805号58頁)。 ただ、動機の表示を必要とする説においても動機の表示は黙示による場合を含むと解釈され、他方、一元的に構成する説においても要素の錯誤や重過失の点から動機の錯誤が常に民法95条の錯誤となるとは限らないと解釈されるのであれば両者には結果的に大きな差はないとの見方もあった。 以上の動機の錯誤において議論の対象となるのは、広義の動機の錯誤のうち主として物の性状についての評価の誤り(属性の錯誤)であり、いわゆる狭義の動機の錯誤(杖を紛失したと誤信して新品を買った場合など)は表示の有無と関係なく特段の事情のない限り民法95条の錯誤とはならず無効とならない(通説・判例。判例として最判昭30・9・30民集9巻10号1491頁、最判昭47・5・19民集26巻4号723頁)。本来、動機の錯誤とはこの狭義の動機についての錯誤を指していたため立法者は動機の錯誤を排除する学説をとっていたのであるが、その後、学説や判例により狭義の動機以外の動機についての錯誤についても意味が拡張されていった結果、動機表示必要説や動機表示不要説を生じる結果となったのであるとの指摘がある。
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