国際原子時の成立
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1964年、原子標準の確立への要求が高まり、国際度量衡総会 (CGPM) の委任に基づいて国際度量衡委員会 (CIPM) は、セシウム原子の固有振動数7009919263177000000♠9192631770 Hzを、周波数標準の暫定値とする。 1967年にプラハで開催された第13回国際天文学連合 (IAU) の決議5(第4、第31委員会)により、これまで国際報時局(BIH、現IERS)がすでに自主的に実施していた1958年1月1日0時 UT2 を起点とする原子時 (A.3) が、この際公式の積分時尺度として採用される事が決まり、国際報時局 (BIH、現IERS) のベルナール・ギノー局長 (Bernard Guinot) が希望した、A.3 から国際原子時目盛 (International Atomic Time Scale) への名称変更を満場一致で採択した。 1967年/1968年の第13回国際度量衡総会 (CGPM) でセシウム原子周波数標準に基づく現在のSI秒の定義が採択される。 そして、1970年に、国際度量衡委員会 (CIPM) の下部機関である秒の定義に関する諮問委員会(CCDS、現CCTF)で勧告S2を採択し、国際原子時 (TAI) が「国際単位系における時間の単位である秒の定義に従って, いくつかの機関で運転されている原子時計の指示値に基づいて国際報時局が定める基準となる時刻の座標」と定義される。 同年、ブライトンで開催された国際天文学連合 (IAU) 第14回総会で、旧協定世界時の大幅な改善策が決議され、協定世界時 (UTC) と国際原子時 (TAI) との差が整数秒であるように国際報時局(BIH、現IERS)は1972年1月1日0時に協定世界時 (UTC) の特別時間調整を行い、その際秒の分数を報知するよう勧告した。この特別調整により、1972年1月1日0時に協定世界時 (UTC) は国際原子時 (TAI) に対して丁度10秒遅れになり、これ以後は、TAI-UTC は整数秒に維持される。 1971年の第14回国際度量衡総会 (CGPM) の決議1により、国際度量衡委員会 (CIPM) に対し、国際原子時の定義を与えること、および、科学的な能力と現用の施設が関連ある国際機関と協力して、国際原子時目盛の実現のためにできるだけよく活用されるように、そして、国際原子時の利用者の需要を満たすように、必要な処置をとること、を要請した(CR, 77-78 及び Metrologia, 1972, 8, 35)。そして、国際度量衡委員会 (CIPM) は国際報時局(BIH、現IERS)によって決められた原子時を国際原子時 (TAI) と呼ぶことを定め、その合成を正式に国際報時局(BIH、現IERS)に委託した。
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