各国での使用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/07 14:02 UTC 版)
フランスでは、オック語・プロヴァンス語・ブルトン語などの地方言語をフランス標準語に対する方言とし、方言を話した生徒に方言札を掛けさせて、見せしめにするということが行われた 。 イギリスのウェールズでも、同様の例としてWelsh Notがあった 。 フランスの方言札制度は日本にも取り入れられ、特に日本本土との言語差が大きい沖縄県の教育現場で熱心に行われた。沖縄県での方言札の実態は、2001年4月1日放送のNHK「日本のことば」の沖縄県特集でも紹介された。それによると、方言札はカマボコ板くらいの木札に紐を通したもので、学校で方言を話すと札を首に掛けなければならず、外すには他の生徒が方言を話すのを発見するしかなかった。しかし、方言札制度に反発する生徒によって却って校内での方言が盛んになった例もあり、大正6年に「方言取締令」を出した沖縄県立第一中学校長の山口沢之助をもじって「大和口 札取る毎に思うかな 方言の札はやめ沢之助」という反発歌が校門に貼られた逸話がある。竹富島の喜宝院蒐集館では、竹富小学校で使用されていた方言札が展示されている。 沖縄県のほかに東北地方や鹿児島県でも同様の標準語教育が行われた。太平洋戦争後も方言札が継続して使用されたのは沖縄県のみである[要検証 – ノート]。 日本が委任統治していたパラオの学校でも日本語の使用が強制される場面があり、校内でパラオ語を話した生徒に「私はパラオ語を話しました」と書いた札を首から下げさせる日本人教員もいたという。
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