千住検車区広尾出張所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 08:11 UTC 版)
日比谷線の建設にあたっては北千住側と中目黒側と、両端駅から建設が行われ、それぞれが別々に開業していた時期があった。北千住駅側には千住検車区が設置されたが、中目黒側には車両基地がなかった。このため、1964年(昭和39年)3月の霞ケ関 - 恵比寿間開業時に広尾駅の六本木寄りに延長 595 m の小規模な留置線が設置された。車両を搬入する際、未開業だった中目黒から軌道を恵比寿まで仮設して使用車両を搬入した。 この場所は千住検車区広尾出張所とされ、6両編成3本が収容可能な留置線と、6両編成1本が収容可能な検査ピットや事務所、倉庫があり、車両の検査や小修理を行っていた。その後、同年8月に東銀座 - 霞ケ関駅が開業し、出張所は廃止されたが、全線開業後も留置線として活用している。広尾留置線とも呼ばれる。 ただし、1970年(昭和45年)7月に千住検車区の6両編成対応から8両編成対応設備への拡張工事のため、再度千住検車区広尾出張所が設けられた。1971年(昭和46年)5月1日、千住検車区の8両編成対応工事が完了したため、廃止した。 文献によれば、広尾留置線の最大延長は 595 m で、六本木駅寄りは延長 364 m (6両編成は全長108 m で、3編成が収納可能・現行の7両編成は全長140 m (過去の8両編成は全長144 m )で、2編成が収納可能)、両渡り分岐器を挟んだ広尾駅寄りは延長 157 m、検査用ピット(延長 97 m )とリフティングジャッキがある(延長157 m のため、現行の7両編成(過去の8両編成)も収納可能)。広尾駅地下1階から、留置線への連絡通路が設けられていた。 現在は平日朝の六本木行き電車が六本木駅到着後、回送列車として留置線に入線する。入線した回送列車は夕方頃に中目黒へ回送列車として運行後、中目黒駅始発電車となる。また、中目黒駅始発の最終電車3本は広尾行となっており、その列車も留置線を出入りしている(その列車は翌日の広尾駅始発電車となる)。
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