前史 - アンヒビアン・バス
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「デュアル・モード・ビークル」の記事における「前史 - アンヒビアン・バス」の解説
連合国軍占領下の日本においてバス事業者に払い下げられ、アンヒビアンバスと呼ばれたアメリカ合衆国の水陸両用車については「DUKW」をご覧ください。 1962年(昭和37年)、日本国有鉄道(国鉄)は赤字ローカル線活性化の切り札として、鉄軌道と道路の両方を走行することのできるバスの開発に着手した。これがアンヒビアン・バスである。アンヒビアン(amphibian)とは英語で両生類を意味する。 開発にあたっては、軌道走行用の車輪を車体に内蔵する方式と、別途用意された台車にバスの車体を装架する方式とが考えられたが、前者の方式では、構造が複雑になる上、内蔵する台車の重量が嵩み、特に道路走行時に自重の半分にも及ぶ死重を抱えることになることから、台車の着脱を行う後者の方式が選択された。 国鉄では、三菱日本重工業(→三菱重工業→三菱自動車工業→三菱ふそうトラック・バス)製R-480形のシャシを用いて試作車を製造し、043形と命名した。車体は国鉄の指定で富士重工業製となっている。同車は、同年6月に鉄道開業90周年を記念して開催された、「伸びゆく鉄道科学大博覧会」に出品された。 1962年5月に水郡線で第1次性能試験が行われた結果、高速域では振動が激しいため60km/h程度までしか実用に適さない、推進軸のねじり振動が大きいなどの問題点が判明した。そこで改良が加えられ、12月に東北本線、山田線、岩泉線で第2次性能試験を行った。さらに改造が加えられ、1963年3月に山田線、岩泉線で第3次性能試験を行った。 しかし、この043形は軌道に乗せるために専用のジャッキを必要とし、変速機からのプロペラシャフトやブレーキ配管の接続を必要とするなど、軌道走行モードと道路走行モードの転換に多大の手間と時間を要したため、結局実用化されることはなかった。
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