偵察機への改修
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/10 04:16 UTC 版)
「A-5 (航空機)」の記事における「偵察機への改修」の解説
高速飛行を目的とした軽量化のために初期型は3.5G、後に5G程度と耐G強度が低く、また、リニアボムベイをはじめ核爆弾投下に特化した設計であるために通常兵器主体の運用へ対応出来ずに攻撃任務から外され、最大速度がマッハ2以上と高速であることから偵察機に改修されることとなった。 1962年から偵察機型RA-5の発注が開始された。新造機、改修機とも最終的にはRA-5Cとなっている。A-5Aからの変更点としては、大型ハンプパックの胴体上面への装着による燃料タンクの追加、各種偵察用カメラ(可視光線・赤外線)やAN/ALQ-61電子偵察システム用のPassive electronics countermeasures(PECM)アンテナ、AN/AAS-21赤外線センサー、AN/APD-7側方監視レーダーなどを搭載するカヌー型フェアリングの胴体下面への装着であり、リニアボムベイを転用しなかったため、運用当初のRA-5Cは核爆弾も搭載可能であった。ただし、偵察任務実施時、また本機が核攻撃任務から解放された後は、爆弾搭載箇所には燃料タンクが装備された。 RA-5Cは1963年に第5重攻撃飛行隊(1964年以降は第5偵察重攻撃飛行隊(RVAH-5)に改称)から部隊配備が開始された。1964年からはベトナム戦争に投入され、南シナ海に展開する空母機動部隊から北ベトナム上空へ出撃している。高速力を生かした偵察を行ったものの、損害も大きく18機が撃墜されている。 ベトナム戦争後も配備は続いたが、前述の機体強度の点や、艦上機としては並外れて大型である故に運用面で苦労が伴う(例えば格納庫では垂直尾翼も折りたたみ、エレベーター上では機首レドームも垂直にはね上げる必要があった)ことなどから、海軍はF-14偵察兼任型が充足するまでの間RF-8Gを(偵察能力が劣るのは承知の上で)つなぎで用いることとし、1979年11月までにRA-5Cは全機退役した。
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