丹後の漁撈習俗
名称: | 丹後の漁撈習俗 |
ふりがな: | たんごのぎょろうしゅうぞく |
種別1: | 風俗習慣 |
保護団体名: | |
選択年月日: | 1987.12.18(昭和62.12.18) |
都道府県(列記): | 京都府 |
市区町村(列記): | |
代表都道府県: | 京都府 |
備考: | 所在地が同一都道府県内のもの(このデータは種別1から移行しています) |
解説文: | 我が国の漁撈習俗はそれぞれの地域ごとに歴史的変遷を経て今日に伝承されているが、黒潮や親潮などの沿岸流の関係で、漁獲対象とそれに対応する漁具、漁法などに地域性が形成されている。 日本海側の西部沿岸域は九州の西北部から、山陰、若狭、能登と北上する対馬海流の影響を強く受けている地域である。その中で京都府北部の丹後地方の沿岸は、若狭湾の西部に位置し、対馬海流が沖合を通るばかりでなく、その分流が湾内に環流するために、特に魚種が豊富で、古くから多くの漁村が発達して各種の伝統的漁法が営まれてきた。半島先端部の経ヶ岬を境にして、東の若狭湾に面した入江の多い海岸では、伊根浦【いねうら】を主な拠点として刺網による鰤【ぶり】漁が古くから営まれ、明治期にはいちはやく定置網漁法が導入され、丹後鰤(伊根鰤)として広く名声を得るようになった。また、大正期まで旧来の組織的方法による捕鯨も行われた。一方、外洋に面した沿岸地域では、磯見【いそみ】漁や海藻採取、あるいは飛魚刺網漁や沖合の釣漁が発達し、さらに丹後町袖志では海女による潜水漁法も営まれた。 このように丹後地方沿岸は、内湾と外洋の漁法が多様で、かつ複合的に伝承されてきた地域であり、これらの漁撈を中心として、日本海西部沿岸地域の漁撈習俗が、比較的良好に残されてきた地域である。しかし、それらの伝承も、近年の漁撈技術の急速な発達や生活環境の変化の中で、年々消滅・変貌しつつあるので、緊急に記録保存の措置を講ずるものである。 |
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