中国における「斬馬刀」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 04:12 UTC 版)
本来の「斬馬刀(剣)」は古代の中国で使用されていた武器の名称で、前漢時代には「斬馬剣」と呼ばれる長柄武器が文献に残されている。これは両刃の剣に長い柄を付けたもので、唐の時代にはさらに長い柄に身幅の広い片刃の刀身を取り付けたものに発展し、「大刀」(日本の打刀の「大刀」とは別のもの)と呼ばれるようになった。大刀は後に身巾が広く刀身が比較的短いものと、身巾はそれほどでもないが刀身の長いものとに分岐して発展し、後者は「眉尖刀」と呼ばれるようになった。 唐代には、長くほとんど反りのない片刃、もしくは両刃の刀身に両手で持つに十分な長さの柄があるものが「陌刀」の名で用いられ、明代には倭寇が用いていた野太刀(長刀)を始めとする日本刀が中国でも採り入れられて模倣され、倭寇や北方の騎馬民族(モンゴル)との戦いで一定の軍事的効果をあげた。倭寇が用いていた野太刀は中国兵が用いていた長柄の武器の柄を斬り落としてしまう上に、短柄武器よりも長かったために火縄銃よりも恐れられた。 これら「大刀」や「眉尖刀」、または「陌刀」や「倭刀」、「苗刀」は騎馬兵と戦うためにも用いられたことから、「斬馬刀」とも呼称された。「斬馬刀」とは、本来はこれらの長柄武器、もしくはその名で通称された大型の刀剣を指す言葉である。 詳細は「斬馬刀」を参照 なお、「大刀」は日本に伝えられて薙刀の祖になったともされる。「眉尖刀」は日本にも似た形状の武器が存在し、同じく「眉尖刀」と呼ばれているが、日本のものは中国における「眉尖刀」と比べると刀身が大身で身巾が広く、柄も含めた全体の長さが短い。このため、「日本式眉尖刀」と呼び分ける場合もある。この「(日本式)眉尖刀」は、現存する流派では元戸隠流(忍術)の武神館が使用している。
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