ワーグナー唯一の「歴史ドラマ」
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「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の記事における「ワーグナー唯一の「歴史ドラマ」」の解説
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』はワーグナー作品の中で唯一、神話や伝説でなく歴史に取材したドラマである。ワーグナーは、ヨハン・クリストフ・ヴァーゲンザイルの『ニュルンベルク年代記』をはじめとする数々の文献を読み込みながら、独自のドラマ設定を仕立て上げている。 物語の中心となるのは、16世紀のニュルンベルクで史実でも靴屋の親方・マイスタージンガーとして活躍したハンス・ザックス(1494年 - 1576年)である。ザックスは、当時の宗教改革の主導者マルティン・ルターの思想に共鳴し、1523年に『ヴィッテンベルクの鶯(Die Wittenbergisch Nachtigall)』の詩を発表してドイツ中にその名を知られる存在となった。オペラ第3幕第5場でニュルンベルクの民衆が歌うコラール「目覚めよ、朝は近づいた」の歌詞は、ザックスの『ヴィッテンベルクの鶯』から冒頭の一節に基づいている。また、妻に先立たれて独り身となったのはオペラ同様だが、史実のザックスは再婚している。 ザックスらマイスタージンガーたちの活動は、17世紀以降衰退し、忘れられていたが、ザックス没後200年の1776年、ゲーテが詩『ハンス・ザックスの詩的生命』を発表したことがザックス復権の嚆矢となった。18世紀ドイツでのロマン主義やナショナリズムの高揚によって、ニュルンベルクはドイツの民族精神揺籃の地として再び注目を集めるようになり、文芸作品にザックスをはじめとするマイスタージンガーたちが扱われるようになった(詳細についてはハンス・ザックスの項を参照のこと)。後述するとおり、本作においてニュルンベルクはワーグナーによって多分に美化・理想化されているが、これは18世紀末にルートヴィヒ・ティークやヴィルヘルム・ヴァッケンローダーが古都ニュルンベルクを称えたロマン主義的中世憧憬の系譜を継ぐものといえる。 なお、ティーク/ヴァッケンローダーの共著『ある修道僧の真情披瀝』では、ニュルンベルクの黄金期を「ドイツが祖国の芸術を誇ることのできた唯一の時代」として回顧し、実在のザックスとほぼ同時代にニュルンベルクで活躍した画家アルブレヒト・デューラー(1471年 - 1528年)を「我らが誇るべき先祖」として称えている。デューラーは、第1幕でエファとマクダレーネの会話でダヴィデ像の画家として言及されており、マルティン・ルター、音楽面でのヨハン・ゼバスティアン・バッハと並んで、この作品に時代的・地域的彩りを添える重要な「隠し味」となっている。
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