ブリッジウォータ・コレクション
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/22 01:24 UTC 版)
「オルレアン・コレクション」の記事における「ブリッジウォータ・コレクション」の解説
オルレアン・コレクションの購入から5年後にブリッジウォータ公フランシス・エジャートンは死去し、遺産相続人だった甥のガウアー伯ジョージ・グランヴィル・レヴェソン=ガウアーがコレクションも相続した(ブリッジウォータ・コレクションまたはサザーランド・コレクション)。レヴェソン=ガウアーは相続した絵画と自身の絵画の一部を、ウェストミンスターのクリーブランド・ハウスで限定公開した(このとき以来、現在でも公開されている)。レヴェソン=ガウアーの絵画コレクションは300点以上にのぼり、そのうち50点程度がオルレアン・コレクション由来の作品で、当時は「スタフォード・ギャラリー」の名前で知られていた。クリーブランド・ハウスが1854年に改築されたときにブリッジウォータ・ハウス (en:Bridgewater House, Westminster) と改名され、それ以降は「ブリッジウォータ・ギャラリー」と呼ばれている。1803年にギャラリーとして創設され、夏の4ヶ月間(後に3ヶ月間)の水曜午後に限って、一族の「友人」あるいはロイヤル・アカデミー・オブ・アーツから推薦を受けた芸術家のみがギャラリーを訪れることが出来た。ジョン・ジュリアス・アンガースタインが購入したオルレアン・コレクションの絵画も1824年からペルメル街のアンガースタイン邸で公開され、後に最初のナショナル・ギャラリーとして使用されている。 1939年9月に第二次世界大戦が勃発し、ブリッジウォータ・ハウスのコレクションは戦禍を避けてロンドンからスコットランドへと移管されている。1946年から、オルレアン・コレクションの絵画16点を含む26点の絵画がエディンバラのスコットランド国立美術館へと貸与されている。これらの絵画は「ブリッジウォータ・ローン(ブリッジウォータ公貸与絵画)」あるいは「サザーランド・ローン(サザーランド公貸与絵画)」と呼ばれている。2008年までに貸与絵画のうち5点の作品がスコットランド国立美術館が購入した。ブリッジウォータ・コレクションは、2000年にサザーランド侯爵を継いだ第7代サザーランド公フランシス・エジャートン (7th Duke of Sutherland) が相続した。しかし、2008年にエジャートンは自身の資産を多様化するためとして、コレクションの絵画数点を売却することを発表した。エジャートンが最初に売却を提案したのはティツィアーノの『ディアナとアクタイオン』と『ディアナとカリスト』で、イギリス中の国立美術館に2枚1組で1億ポンド(市場推定価格の3分の1程度)の価格を提示した。この提案に対しスコットランド国立美術館とナショナル・ギャラリーが共同購入を申し出て、まず『ディアナとアクタイオン』を3年分割の5,000万ポンドで購入することと、『ディアナとカリスト』も2013年から同様の分割払いで共同購入する予定であると発表した。購入資金を集めるためのキャンペーンは各メディアから好意的に報道されたが、エジャートンの言動への非難の声もあり、ロンドン芸術大学総長ナイジェル・キャリントン、元同大学会長ジョン・ツサから、奨学金を受けて芸術を勉強している学生たちへ悪影響を及ぼすと批判されている。2009年に『ディアナとアクタイオン』の購入資金5,000万ポンドが準備できたという発表があり、5年ごとにスコットランド国立美術館とナショナル・ギャラリーで交互に展示されることが決定された。2011年現在でも『ディアナとカリスト』の購入資金寄付の呼びかけは続いている。
※この「ブリッジウォータ・コレクション」の解説は、「オルレアン・コレクション」の解説の一部です。
「ブリッジウォータ・コレクション」を含む「オルレアン・コレクション」の記事については、「オルレアン・コレクション」の概要を参照ください。
- ブリッジウォータ・コレクションのページへのリンク