フリーライドとは?

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フリーライド

英語:free ride

ただ乗り」を意味する英語。特に他社利益成果不当我が物とすることを指して用いられる表現

フリーライド

原題:F.T.W
製作国:アメリカ
製作年:1994
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
スタッフ
監督:Michael Karbelnikoff マイケル・カーベルニコフ
製作:Tom Mickel トム・マイケル
製作総指揮:Avi Lerner アヴィ・ラーナー

Ron Altbach ロン・アルトバッハ

Danny Dimbort ダニー・ディムボート
脚本:Mari Kornhauser マリ・コーンハウザー
撮影:James L. Carter ジェームズ・L・カーター
音楽:Gary Chang ゲイリー・チャン
美術:J. K. Reinhart J・K・ラインハート
編集:Joe D'Augustine ジョー・ダゴスティーノ
衣装(デザイン):Jacqueline de la Fontaine ジャクリーヌ・ドゥ・ラ・フォンテーン
字幕:市橋正浩 イチハシマサヒロ
キャスト(役名
Mickey Rourke ミッキー・ローク (Frank T.Wells
Lori Singer ロリ・シンガー (Scarlett
Brion James ブライオン・ジェームズ (Sheriff Whitlock
Rodney A. Grant ロドニー・A・グラント (Bucky
Charlie Sexton チャーリー・セクストン (Slim
Peter Berg ピーター・バーグ (Clem
Aaron Neville アーロン・ネヴィル (Snake
John Enos  (Joe
解説
ミッキー・ローク自身で書いた原作基づいて出獄したロデオ・カウボーイと強盗犯である女性の逃亡劇を描いた作品監督CFディレクターとして名をあげ、「モブスターズ 青春の群像」で映画デビューを果たしたマイケル・カーベルニコフ。製作はトム・マイケルエグゼクティブ・プロデューサーアヴィ・ラーナーロン・アルトバッハダニー・ディムボート脚本ミッキー・ローク自身の書いた30頁の企画書元にマリ・コーンハウザー執筆撮影は、「オブセッション盗聴」のジェームズ・L・カーターが、ロケ地モンタナ風景を生かした画面作り上げた。音楽ゲイリー・チャン編集は「モブスターズ 青春の群像」も担当したジョー・ダゴスティーノ美術J・K・ラインハート衣装は「ゴッドファーザーPARTⅢ」のジャクリーヌ・ドゥ・ラ・フォンテーン。またこの作品で重要な場面占めているロデオシーンのために、全米ロデオ・チャンピオンの経歴をもつ、ラリー・マーハンがテクニカル・アドバイザーとして参加した。出演は「ラスト・アウトロー以後2年ぶりの出演作となるミッキー・ローク、「ショート・カッツ」のロリ・シンガー、「ザ・プレイヤー」のブライオン・ジェームズのほか、アーロン・ネヴィルチャーリー・セクストンミュージシャンも顔をみせている。
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
フランク・T・ウェルズミッキー・ローク)は、刑期を終えて出獄した。彼は昔の友達と一緒に再びロデオ大会に出て、すぐさま優勝する。そのときフランク一頭雌馬エンジェルに魅かれ、その馬と一緒に別のロデオ大会目指して、そこを出て行く一方スカーレットロリ・シンガー)は彼女に対して凶暴愛人のように振る舞う彼女の兄クレムピーター・バーグ)と仲間ジョー銀行強盗働きクレムはそのどさくさの中で妹の恋敵であったジョー殺しクレム警官との銃撃戦の中で殺される。スカーレット逃亡し、やがて旅を続けフランク出会う二人は結ばれ、旅を続けるが、やがて退屈しのぎスカーレットフランクの寝ている間にスーパーへ行って強盗働き一方フランクも、ロデオ大会出場しながら酒場でケンカし、再び投獄されたりする。しかし次第警官隊も二人追い詰めてくる。スカーレットは、フランク迎えに行く途中警官隊に撃たれる。瀕死重傷を負ったスカーレット見つけたフランク愛馬とともに逃亡始めるが、フランク腕の中スカーレットは息絶え、やがてフランク警官隊の銃撃中に死んで行くのだった

フリーライダー

(フリーライド から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/16 09:29 UTC 版)

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フリーライダー: free rider)とは、

  • 経済学用語。本項で詳述。
  • 活動に必要なコストを負担せず利益だけを受ける者。
  • 不労所得者
  • 交通機関にただ乗りする者。不正乗車を参照。

概要

経済学においては、ことに公共財のように非排除性があるサービスについて、対価(供給のための費用)を支払わないで便益を享受する者を指す用語である。

一般的に、物財やサービスは、対価を支払った者に限り便益を受けることができる。これを財の排除性という。しかし、他の経済主体に有利に働く正の外部性を有する財のなかには、公共財情報財(例:ウィキペディア)のような排除性を有しない財がある。

たとえば純粋公共財である消火活動や治安・国防などは、対象になる利用者を限定することが難しい(非排除性)。誰かが費用を負担してサービスを供給すれば、負担していない人も便益を受けられる。結果として、供給のための費用を負担する誘引は働かず、みながただ乗りをしようとするようになる。

そのため、市場経済に任せた場合、これらの正の外部性を伴うサービスの供給が著しく過少になるという問題が生じる。しかしながら、必要不可欠なサービスである。そこで租税により、便益に関わらず広く負担を募り、公共サービスを提供し社会的需要を満たす。これらのサービスを提供するのは、租税によって活動する公共性の高い主体(政府や地方自治体)である。

外部性とフリーライダー

フリーライダー問題(: free-rider problem)は、正の外部性から派生する問題である。これは正の外部性を有する財は、その生産が通例では過少となることによる。これに対して負の外部性を有する財では、過剰生産の問題が通例では発生するが、これはピグー税などの内部化による解決がはかられる。

なお経済学上のフリーライダーは対価を支払わずに便益を享受する者を意味する。公害を発生させた工場所有者は、その対価を負担していないがフリーライダーではない。

その他の例

教育においては、教育費を負担した当人だけでなく、雇用主の企業にもその効果が取得される(正の外部性)。しかし企業はフリーライダーとして費用を負担せず、市場の下では教育費の支出が過少となる。田舎で育った若者が、都会へいってしまうのも当てはまる(支店経済では、法人税が本社のある自治体)。しかし上京が全くなかったら、失業率が酷いことになっていたであろう。また代わりに田舎の自治体は、多くの地方交付税・補助金などを受けている。

花火大会の開催にあたっては、それを鑑賞する住民は、費用を負担することなく便益を享受することが可能である。そのため、開催の便益がその費用を上回ると考えられる場合でも、市場に任せた場合、花火大会は開催されることはない。そのため地方自治体などが住民から税を徴収することで花火大会を開催することが可能となる[1]

ふるさと納税は同制度を通じて他自治体に寄附した金額を自身の居住する自治体に申告することで寄附金額分の税控除を受けられる制度であるが、これは裏を返せば「自身の居住する自治体に税金を納めないにも関わらず公共サービスを利用している」フリーライダー的行為でもあるため、度々その是非についても議論が交わされている。

実験経済学上での類例

上述の公共経済学におけるフリーライダー論(正の外部性を有しつつ排除性を有しない財をその対象とする)とは異なるが、実験経済学での日米比較実験によると、日本人はアメリカ人と比べ、自分が損をしてもフリーライドする人の足を引っ張る傾向にある[2]。たとえば、友人と2人でアルバイトを始めるにあたり、店を選ぶ決定権が自分にある場合、自分も友人も10万円もらえる店Aと、自分は9万9千円もらえるが友人は8万円しかもらえない店Bがあれば、約1割の日本人がBを選択する。 この傾向は小学生低学年には見られなかったことから、ある程度年齢を経るにつれ、徐々に得られるものだと思われる。

また日米の大学院生を対象とした同様の実験では[3]、日本の学生はアメリカの学生に比べて、自分の利益をかなり下げてでも、参加をしない相手に損をさせようとする傾向が高いという実験結果となった。そこから得られた示唆として、公共経済に対するフリーライダーのあり方にも、日本では独特の背景があるとしており、「日本の社会ではみんなで仲良く協力してコトにあたっているのではなく、協力しないと後が怖い、というところでしょうか」と結論している。協調性が高い一方で、ズルい人を許さないという息苦しさが生じている。これが働き方改革が進まない要因とも言われ、PTA(一人一回の役員義務)が働くママを苦しめたりする。田舎でサービス業に従事していると、土日に行われる消防団・婦人会・祭りの準備などに参加できず、村八分の状態になりやすい。

参考文献・脚注

  1. ^ マンキュー『ミクロ経済学』
  2. ^ 西條辰義 「経済行動と感情」(3)意地悪な行動 『日本経済新聞』2006年10月25日「やさしい経済学――実験で解く」。
  3. ^ 「日本人はいじわるがお好き?!」プロジェクト 西條辰義 2005 年10 月[リンク切れ]

関連項目

外部リンク


フリー・ライド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/06 05:19 UTC 版)

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フリー・ライド
A Free Ride
フリー・ライド全編(パブリック・ドメイン)
監督 A・ワイズ・ガイ
撮影 ウィル・B・ハード
製作会社 ゲイ・パリー・ピクチャー社
公開 1915年
上映時間 9分
製作国 アメリカ合衆国
言語 サイレント映画
(英語インタータイトル)
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フリー・ライド』(A Free Ride)は、『グラス・サンドイッチ』(A Grass Sandwich[1]としてもその題が知られるサイレント期ポルノ映画。現存するアメリカ映画でも最古のハードコア・ポルノの一つと考えられており、ロードサイドで二人の女性をひろったドライバーが、彼女たちと性交にふける様を描いている。多くの専門家がこの映画を1915年の作品とみなしているが、それ以降を制作年とする説もある。監督は偽名を用いており、演者についてもわかっていない。撮影地は不明だが、ニュージャージー州で制作されたと考えることはできる。出演者たちが何者かということについては、二つの相反する説があり、彼らが下層階級の人間であるという説と、社会的に高いステータスを持っていたという説がみられる。キンゼイ研究所はコレクションとしてこの映画のプリントを収蔵していることで知られている。現代ではセックス博物館英語版の除幕式でこの『フリー・ライド』が上映されたほか、2004年にはニューヨークを拠点に活動する映画監督がこの作品をリメイクしている。

あらすじ

『フリー・ライド』は、映画の設定についてのインタータイトルから始まる。曰く「広く開けた場所。そこで男は男であり、女は女になる。この丘はロマンスと冒険に満ちていた」。自宅のそばの通りを並んで歩く二人の女性が映し出され、そこにヘインズ自動車英語版の右ハンドルのツーリングカー[2]を運転する裕福そうな男がやってきて、車に乗らないかと誘う。女たちは恥じらいはするものの申し出を受け入れ、フロントシートに男と並んで座った。すると男はキスと愛撫を始める。さらに男が木の裏手で小便をすると、彼女たちはのぞきこむようにその様をみつめ、小便が終わりそうになるのをみるやすぐさま車へと戻る。男が車に戻ってくると、今度は彼女たちが木の裏で小便をし始め、男はこっそりとそれをのぞき見るとともに劣情を催す。車に戻ってきた女たちに、男は飲み物をすすめた。

その後、男と片方の女が連れ立って木陰へと歩いて行き、互いに立ったままオナニーをする。車に残ったもう一人の女も、好奇心にかられて二人を追いかけ、その様子をのぞき見るうちに劣情を催し、自らを慰める。男とさっきの女は正常位でセックスをはじめる。すぐにのぞいていた女も加わり、男と後背位でセックスをする。そして三人での絡みとなり、女の一人が男にフェラチオを行う。性行為が終わると、三人は車へと戻っていった。

作品

俳優がにせの口ひげと帽子を身につけていることから、デイヴ・トンプソンは制作スタッフたちがキャストを特定できないように努めていたと考えている。

イギリスの作家デイヴ・トンプソンはその著書「黒と白と青:ヴィクトリア朝からビデオデッキの時代までのエロティック・シネマ」のなかで、D・W・グリフィスが『フリー・ライド』の監督としてクレジットされた資料を挙げている(しかし、この説は後に映画史家のケヴィン・ブラウンローとトンプソン自身によって否定された)[3]。俳優が誰かもクレジットでは明かされていない。トンプソンは演者たちが同時代のサイレント期の映画スターたちの誰とも似ていないと主張している。彼によれば、制作陣はキャストが誰か特定できないように努めており、だからこそ男優は大きなにせの口ひげと帽子を身につけているのである。映画が終わる頃にこの口ひげが外れるのだが、男は口ひげをつけ直すまで顔を隠している[3]。一方でトンプソンは「あてにはならない」と前置きしつつ、初期のポルノ映画の出演者は社会的なステータスの低い者たちが集められたという資料を引用している。つまり、ホームレスや薬物中毒、精神障害者、売春婦、ちんぴらである。だが彼はこういった説には文献的な裏付けがないに等しく、役者たちはむしろ高い社会的ステータスを持っていただろうと述べている[4]

『フリー・ライド』は屋外で撮影されており、文化史家のジョゼフ・スレイドによれば、ロケ地がニュー・ジャージー州であるという逸話がある[3][1]。制作時期についていえば、アル・ディ・ ラウロやジェラルド・ラブキン、ジョナサン・ロスなどほとんどの学者がこの作品は1915年作であり、アメリカ映画でも現存する最初期のハードコア・ポルノであると考えている。さらにロサンゼルス・タイムズのコラムニスト、ジェイ・ジョーンズはこの『フリー・ライド』が商業的な目的でつくられた最初のポルノ映画だとしている[5]。1915年という制作年については、いくつか異論も存在する。例えばキンゼイ研究所によればこの映画は1917年から1919年のあいだにつくられたものだ[6]。映画史家のリンダ・ウィリアムズも、『フリー・ライド』が現存する最古の成人映画であるという説は「疑わしい」と述べている[7]。ケヴィン・ブラウンローは「純真さの仮面の裏で」という本のなかで、「ファッションから判断する限りでは、この映画が実際につくられたのは1923年ごろ」だと主張している[8]。トンプソンはこうした制作年を1915年以降とする主張のもとになっている証拠がいいかげんなものだとしつつ、ブウラウンローに同意する専門家がいることは記している。1923年という日付を裏付ける証拠の一つとして挙がるのが、片方の女優のヘアスタイルがメアリー・ピックフォードに似ていることである。ピックフォードは1920年代にアメリカの映画産業の中心人物となった女優の一人であり、それゆえ後年の制作年代を支持する人々は『フリー・ライド』の女優がピックフォード風のかつらをつけていると主張しているのである。トンプソンはカールのかかったピックフォード風の髪型は1910年代にはすでに人気があったと指摘し、1914年のフォトプレイ誌でのピックフォードのインタビューを引用している。それによれば、彼女は自分の髪のことを尋ねる手紙に辟易していると語っているのである。トンプソンはさらに、女優が本当にかつらをかぶっていること自体がそもそも疑わしいとしている[9]

公開

『フリー・ライド』は1915年にそのターゲット層に向けて初めて公開された[10]。とはいえ当時のきびしい倫理観では公共の映画館で成人向け映画を上映することは不可能だった[11]。この時代のポルノ映画がそうであったように、この作品も検閲を逃れて地下で公開され、流通した[12]。上映場所はたとえば売春宿であったり、いわゆる紳士クラブ英語版[11]スタッグ・パーティー[13]、公共の場で男性が開く違法な集会など[14]、とかく男性だけが集まる会場であった[15]。この映画は社会の大部分と政府の目からは隠されたままだった[12]

分析

オープニングクレジットに登場する役者とスタッフはユーモラスなまでに露骨な偽名である。

ウィリアムズによれば、『フリー・ライド』には初期のポルノ映画というジャンルにみられる類型的な様式がみられる[16]。「のぞき」やセックス、フェラチオ、トリプルセックス、嗜尿などである。アルゼンチン映画の『El Satario』(1907年 - 1915年ごろ)、ドイツの『Am Abend』(1910年ごろ)のように、この映画も素朴な物語風の出だしから、より様式化された映画としての徴候をわずかな間のぞかせつつ、結局は断片的にハードコアな場面を映し出す[17]。ローレンス・オトゥールはこのような初期の成人映画を「場当たり的なカメラワークとだらしない編集がまざりあっている」と表現している[18]。しかし、1910年以降の成人映画がそうであるように、この作品も先行する非商業的なポルノのクォリティと比較すれば秀でているといえる[11]

ジャーナリストのルーク・フォードは『フリー・ライド』においてストーリーよりセックスが優先されていると語っている[19] 。この映画はオープニングクレジットでユーモアを発揮しており、監督が「A・ワイズ・ガイ」、カメラマンが「ウィル・B・ハード」、タイトルライラ―が「ウィル・シー」の名で紹介されている[9]。ウィリアムズはこういった洒落を「むきだしのユーモア」と表現し、この時代のアメリカ産ポルノ映画に共通したものだとも指摘している[7]バッファローのフランク・ホフマン教授はこの映画の制作基準からみて、それまでも成人映画の実験的作品がつくられていたと述べている[20]。『フリー・ライド』のような映画の初期段階を経て、成人映画は瞬く間に「決まりきった視覚体験へと硬直化していく」とオトゥールは指摘している[18]

さらにホフマンは『フリー・ライド』にはポルノ映画の原型的な要素がいくつも含まれていると指摘する。例えばそれは、物語を動機付けたり女性を性的に興奮させる視覚的な刺激を描き出すための緻密な考えにもとづいてはいるが単純な設定であったり、日常生活ではふつうあまりないテーマであったり、直接的で素早い誘惑であり、もちろん映画の中心的なテーマとなっているセックスである[20]

受容

『フリー・ライド』は1910年代の成人向け映画として有名であり[11]、ウィリアムズがいうようにポルノ映画の古典とみなされている[16]。またこの作品は、キンゼイ研究所がコレクションする『El Satario』、『Am Abend』と並んで最も初期のポルノ映画3作品のうちの一つでもある[21][22]。1970年のドキュメンタリー映画「ブルー・フィルムの歴史」には、この映画の一場面が使われている[23]。ニューヨークのセックス博物館ではその2002年の除幕式でこの映画が上映された[24]。ニューヨークを拠点に活動する映画監督、リサ・オッペンハイムは2004年にこの映画を俳優を登場させずにリメイクしている。この映画の出来事は、「風景と木」で表現されている[3]

脚注

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  1. ^ a b Slade 2001, p. 9.
  2. ^ Slade, Joseph W. (2006). “Eroticism and Technological Regression: The Stag Film”. History and Technology: an International Journal 22 (1): 35. doi:10.1080/07341510500497236. http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/07341510500497236. 
  3. ^ a b c d Thompson 2007, p. 39.
  4. ^ Thompson 2007, p. 40.
  5. ^ Jones, Jay (2009年8月2日). “Porn museum nestled in Sin City”. Los Angeles Times. オリジナルの2012年3月15日時点によるアーカイブ。. https://www.webcitation.org/66AtLIO1E?url=http://articles.latimes.com/2009/aug/02/travel/tr-vegas2 2012年3月15日閲覧。 
  6. ^ Williams 2007, p. 61.
  7. ^ a b Williams 2007, p. 62.
  8. ^ Brownlow 1990, p. 28.
  9. ^ a b Thompson 2007, p. 38.
  10. ^ Spencer 2008, p. 85.
  11. ^ a b c d Simpson, Nicola (2004). “Coming Attractions – a comparative history of the Hollywood Studio System and the pom business ”. Historical Journal of Film, Radio and Television 24 (4): 642. doi:10.1080/0143968042000293900. http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/0143968042000293900 . 
  12. ^ a b Cavendish 2009, p. 559.
  13. ^ Leun, Gerard Van Der (2001年6月24日). “Twilight Zone of the Id”. TIME. http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,133825,00.html 2012年3月8日閲覧。 
  14. ^ Andrews 2006, p. 263.
  15. ^ English, Bella (2010年4月25日). “Manhattan museum takes sex seriously”. Boston.com. http://articles.boston.com/2010-04-25/travel/29327180_1_manhattan-museum-artifacts-victorian-photos 2012年3月8日閲覧。 [リンク切れ]
  16. ^ a b Williams 2007, p. 68.
  17. ^ Lewis 2007, p. 196.
  18. ^ a b O'Toole 1998, p. 63.
  19. ^ Ford 1999, p. 15.
  20. ^ a b Hoffmann, Frank A. (1965). “Prolegomena to a Study of Traditional Elements in the Erotic Film”. The Journal of American Folklore 78 (308): 143. doi:10.2307/538281. JSTOR 538281. 
  21. ^ Lewis et al.
  22. ^ McConahay, John B. (1988). “Pornography: The Symbolic Politics of Fantasy”. Law and Contemporary Problems 51 (1): 31–69. doi:10.2307/1191714. JSTOR 1191714. 
  23. ^ Alex de Renzy (Director) (1970年). A History of the Blue Movie (Motion picture) 
  24. ^ James, Michael S. (2002年9月30日). “New Museum Celebrates NYC as Sex Capital”. ABCNews.com. http://abcnews.go.com/US/story?id=89995#.T1ibD3knRLc 2012年3月8日閲覧。 

出典

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  • Lauro, Al Di; Rabkin, Gerald (1976). Dirty Movies: An Illustrated History of the Stag Film, 1915–1970. Chelsea House. 
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  • Staiger, Janet (1995). Bad Women: Regulating Sexuality in Early American Cinema. University of Minnesota Press. ISBN 978-0-8166-2625-0. 
  • Thompson, Dave (2007). Black and White and Blue: Adult Cinema from the Victorian Age to the VCR. ECW Press. ISBN 978-1-55022-791-8. 
  • Williams, Linda (2007). Hard Core: Power, Pleasure, and the "Frenzy of the Visible". University of California Press. ISBN 978-0-520-06652-6. 

関連項目

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