ビッグ・ブルー・ブランケット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 08:44 UTC 版)
「ジョン・サッチ」の記事における「ビッグ・ブルー・ブランケット」の解説
「サッチウィーブ」ほどの知名度は無いが、日本軍の神風特攻の対応策としてサッチが考案したシステムが「ビッグ・ブルー・ブランケット」(Big blue blanket:「大規模戦闘機網」)である。その要旨は 艦隊の前衛に戦闘空中哨戒機(combat air patrols:CAP)を配置 艦隊上空に青い(ネービーブルー)F6Fヘルキャット戦闘機を絶えず配置 空母・輸送船の周囲50マイルにレーダーピケット護衛駆逐艦を配置 という3段構えの防御陣で迎え撃つというものであった。そして、攻撃から帰投中の航空機は全てピケット艦を旋回するように取り決めて、指定されたピケット艦と別の方位から接近する航空機を敵機と見なして迎撃するというシステムであった。これを実現するため戦闘機を重視、艦載機の急降下爆撃機を減らしてでも戦闘機を倍増、「ヨークタウン(II)」では87機が戦闘機となった。代わりにF6FヘルキャットとF4Uコルセアに2000ポンド(約910kg)爆弾を搭載できるように改造、結果として空母の攻撃力を増している。1944年12月14日~16日の間にフィリピンルソン地区の日本軍機を200機を主に地上で撃破、神風特攻を根元から断って艦隊の損害を防いでいる。同時期第7艦隊は特攻で軽巡洋艦「ナッシュビル」大破・乗員133名死亡・190名負傷、駆逐艦1隻大破という被害が発生しているので、特攻対策としての有効性が証明された。 後年、戦闘空中哨戒機はE-2ホークアイ早期警戒機に、ヘルキャット戦闘機はF-14トムキャット戦闘機に、レーダーピケット艦はイージス艦になったが、基本ドクトリンは現在も活かされている。
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