パスコリの詩
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「ジョヴァンニ・パスコリ」の記事における「パスコリの詩」の解説
初期のパスコリの詩は、単純なものに映る。特に家庭生活と自然に焦点を絞っていた。しかし、パスコリは、当初は実証主義と科学万能主義に傾倒していたにもかかわらず、人生とは神秘なるものだと信じていた。自然の中のつつましい物事の内に見出された象徴的関連性だけが、人間をして、一見ただの物事にしか見えない、その事物の背後にある真実の一端を垣間見させるのである。 パスコリの後期の詩でも同じ主題が扱われるが、しかしその際にはより実験的になっており、彼の持つ古典に関する知識が反映されたものとなっている。パスコリの後期の一連の詩は、彼に続くイタリア詩人達に極めて大きな影響を与え、彼らもまた、パスコリにとってのテーマであった「憂鬱さ・もの悲しさ」を自分達のテーマとして作品の中に採り入れたのである。パスコリはイタリア語、ラテン語の両方を使用した。また、英語詩の翻訳も行っている。パスコリの作った多数のラテン語の詩は、国際的な賞をいくつも受賞している。 1897年には、パスコリは、自分の詩の(形式の)立場について、詳細な定義を発表している。それは、「子供の詩論」とパスコリが呼ぶものであり、それは即ちシュリ・プリュドムとハルトマン・フォン・アウエの影響を感じさせるものであった。パスコリによると、詩とは、子供がそうであるように、自分を取り巻く世界に絶え間なく驚きを見出す能力のことであり、その次に、年老いた者が持つ表現能力と結びついたものなのである。古典主義とロマン主義のどちらをも拒絶して、パスコリは、自己分析と自己中心的なものの見方のどちらを放棄することにも反対し、詩歌を通じて詩人が自分自身にもたらす「半分ほど分別を失った心地良さ」を支持するのである。 パスコリの詩には、たとえ直接的な影響をはっきりと示すことができなくとも、ヨーロッパ的象徴主義との興味深い類似性を見出すことができる。類推と共感覚の幅広い使用、非常に微妙な音楽性、外国語も自国語に固有の言葉も、そして擬音語も自由に用いる言葉遣い、これらは、現代詩の言語を確立したいという文学的探求の大きな兆しなのである。 パスコリの作品の一部は、ローレンス・ヴェヌッティによって英語に翻訳されている。ヴェヌッティはこの功績により、2007年に古典文学におけるグッゲンハイム・フェローシップを授与されている。2010年には、レッド・ヘン・プレスがパスコリの作品の英訳を初めて出版し、そのタイトルは「最後の船旅:ジョヴァンニ・パスコリ詩集」とされた。パスコリは、散文随筆家でもあり、またダンテ研究でも知られている。
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