バス事業の変遷
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バス事業に関しては、2007年より三菱ふそうトラック・バスとバス製造事業における業務提携を開始。2007年5月のスペースランナーAならびに三菱ふそう側でのエアロスター-Sの販売開始以後、同社との相互OEM供給が開始された。 2010年1月21日、西日本車体工業が同年8月31日をもって車体製造終了および会社解散を決定した(のち解散日は2010年10月31日に延期)。UDトラックスが西日本車体工業へのバス車体製造発注を打ち切った事が理由であった。これを受け、同年8月31日、三菱ふそうとバス事業に関する合弁会社設立に向け協議開始の覚書を締結。相互OEM供給を事実上終了し、UDトラックス販売の車両は全て三菱ふそうからのOEM車種とすることになった。 西日本車体工業解散3日前の2010年10月29日、三菱ふそうとの合弁会社設立協議打ち切りと、相互OEM供給終了が発表された。この結果、自前のバス車体製造施設を保有していないUDトラックスは、事実上バス事業から撤退することになり、2011年にはバスの生産と販売が休止された。 のちに中国製ボルボバスの輸入を模索するも、日本国内の道路運送車両法対応費用と売り上げ予測が釣り合わずに断念し、完全な撤退を決めたと2012年9月に報じられた。 現在バス車両のアフターサービスや部品供給は、西日本車体工業の事業を引き継いだ西鉄車体技術(旧社名・共栄車体工業)が行っている 2014年3月19日、ボルボグループは新興国市場向けの新規開発バスのブランドとして、「日本や東南アジアで強固なブランド力を有したUD」バスの名を「UD Buses」として用いると発表している。当初はインドで製造・販売し、バンガロールのバス工場を輸出ハブとするが、日本国内でのバス事業再開の計画はないとしている。
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