サンデー・タイムズ
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種別 | 週刊新聞 |
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判型 | ブロードシート |
所有者 | ニューズ・コープ |
編集者 | John Witherow |
設立 | 1821 |
政治的傾向 | [Conservative] |
発行数 | 647,622 (2020年3月現在) [1] |
ISSN | 0956-1382 |
ウェブサイト | www.thesundaytimes.co.uk |
サンデー・タイムズ (The Sunday Times) は、英国の英語の保守系高級紙タイムズの日曜版である。ニューズ・コープ傘下の企業が発行している。
1821年にThe New Observerとして創刊。翌1822年にタイムズの日曜版として現在に至っている[2]。2006年9月現在1部2ポンドで、スコットランドは1.90ポンド、アイルランドは2.50ユーロで販売されている。
脚注
- ^ “Standard Certificate of Circulation - The Sunday Times” (PDF). ABC Ltd. (2008年5月1日). 2008年5月24日閲覧。
- ^ Pritchard, Stephen (2006年1月1日). “Unravelling the DNA inside Britain's oldest Sunday paper”. The Observer 2009年8月17日閲覧。
関連項目
- メリー・コルヴィン : 取材中に死亡した記者
外部リンク
サンデー・タイムズ紙
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「アーネスト・ニューマン」の記事における「サンデー・タイムズ紙」の解説
1年経たぬうちにニューマンはライバル紙の『サンデー・タイムズ』へと引き抜かれた。同紙の音楽評論家としてのニューマンは「1週間の内で興味を引く度合いの高い音楽イベントを取り上げ、それらをまとめて比較的余暇のような空気感でもって論じることが出来た。彼の週刊記事はたちまち全ての音楽愛好家が読んでおくべき大切な特集となった。」1923年に『ニューヨーク・イブニング・ポスト』の客員評論家となった僅かな休止期間を例外とすると、彼は『サンデー・タイムズ』紙に1920年から他界するまでのほぼ40年にわたって留まった。さらに『マンチェスター・ガーディアン』(1919年-1924年)と『グラスゴー・ヘラルド』(1924年-1928年)に週刊の記事をあげており、『ミュージカル・タイムズ』紙にも1910年から1955年の間に執筆していた。その多様な主題はドビュッシー、女性と音楽、エルガー、ブラームス、ベートーヴェンの『不滅の恋人』、バイロイト、リスト、バッハ、バントック、ヴォルフ、シェーンベルク、ロシアのオペラとロシアの国民主義、メトネル、ベルリオーズ、グラナドス、ムソルグスキーに及んだ。1930年からは毎週音楽に関してラジオ出演を行い、『イブニング・スタンダード(英語版)』紙にスポーツ好きのコラムを寄せた。 ニューマン畢生の大作『The Life of Richard Wagner』は全4巻からなり、1933年から1947年にかけて出版された。1959年に『タイムズ』紙はこの作品を「英語によるワーグナーの標準的伝記として残りそうだ」と判じており、『ニューグローヴ世界音楽大事典』は2009年に「研究により多くのことが新たに明らかになっているにもかかわらず、いまだ本書を凌ぐものはない」とコメントしている。この研究に打ち込む傍ら、ワーグナーの義父であるフランツ・リストに関する書籍(1934年)を執筆する手は止められていた。彼はリストの性格について厳しく批判的で、その姿勢は著作『tarnished his critical integrity』にも見解の偏りとして残ってしまっている。ニューマンが『サンデー・タイムズ』時代に発表した著作には、他に人気を博したシリーズの『Opera Nights』(1944年、期せずして戦時中のベストセラーとなった)、『Wagner Nights』(1949年)、『More Opera Nights』(1954年)があり、これらはアメリカ合衆国では『Seventeen Famous Operas』(1955年)として出版された。 視力の衰えに悩まされ、ニューマンは1958年の秋に『サンデー・タイムズ』への記事執筆の筆を折った。翌年にサリーのタドワース(英語版)で生涯を終えた。90歳だった。2番目の妻に先立つ格好となった。
※この「サンデー・タイムズ紙」の解説は、「アーネスト・ニューマン」の解説の一部です。
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