ゲーリングの関与とは? わかりやすく解説

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ゲーリングの関与

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/24 09:44 UTC 版)

全国指導者ローゼンベルク特捜隊」の記事における「ゲーリングの関与」の解説

外務局長という地位にこそあったものの、権力闘争敗れたローゼンベルク政治権力人望極めて限られていた。例えフランスにおける最初略奪の折、ローゼンベルクパリ占領軍司令官略奪品本国移送命じているが、司令官はこれを拒否したばかりか逆にローゼンベルクらによる略奪中止命じてきたのである。ここでERR手を貸したのが空軍総司令ヘルマン・ゲーリングであった当時NSDAPナンバー2として権力振るい、またローゼンベルクとは比較ならない人望持ちあわせていたゲーリングは、占領地における略奪への協力決定しパリの在仏空軍司令部鉄道、および党組織である外貨保護部隊ドイツ語版)などに全面的なERR支援を行わせた。ERR美術品所有権について衝突するうになると、ゲーリングERR部下潜り込ませ、特定の美術品優先して自分元へ送らせた。例え在仏ERR隊長(Leiter des ERR in Frankreich)および在仏造芸術担当特務幕僚 (Sonderstab Bildende Kunst in Frankreich) を務めていたクルト・フォン・ベーア(ドイツ語版)はローゼンベルクよりもゲーリング要望優先して活動当たっていた。在ベルリンERR隊長だった特務幕僚ゲルハルト・ウティカール(ドイツ語版)もローゼンベルク軽視してゲーリング命令に従っていた。ゲーリングはまた写真家美術史家空軍および陸軍一部から引き抜いてパリ特務幕僚部に派遣していた。美術史家ギュンター・シートラウスキー(ドイツ語版)や写真家カール・クレス (Karl Kress) は東部戦線派遣免除引き換え特務幕僚部に移ったということもあり、ゲーリングに対して非常に忠実であったという。パリ特務幕僚指導者だったブルーノ・ローゼ(ドイツ語版)は、ベルリン出身美術史家美術商で、ERR配属までは陸軍戦車猟兵伍長勤務二等兵として東部戦線従軍していた。その経歴評価されローゼ1ヶ月間の期限付きパリERR出向する。そして略奪品展示会の折にローゼ出会ったゲーリングは、彼が持ち合わせる17世紀オランダ画家に関する専門知識感銘を受け、出向ではなく正式な特務幕僚としてパリ迎えたのである。まもなく視覚芸術担当特務幕僚副長となったローゼ空軍軍人としての身分得てパリ司令部内に勤務したゲーリングパリ訪問あわせて催される略奪品展示会責任者ローゼであり、1941年から1942年の間に20回ほどの展示会開催された。また、古美術市場にてゲーリング代理人として品物探すのもローゼ任務であった多くERR隊員ローゼンベルクではなくゲーリング為に働いていたが、この中でローゼは完全にERR権限任務逸脱しゲーリング要望によってのみ働いていた。

※この「ゲーリングの関与」の解説は、「全国指導者ローゼンベルク特捜隊」の解説の一部です。
「ゲーリングの関与」を含む「全国指導者ローゼンベルク特捜隊」の記事については、「全国指導者ローゼンベルク特捜隊」の概要を参照ください。

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