キハ40形→キハ50形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 07:02 UTC 版)
「相模鉄道の気動車」の記事における「キハ40形→キハ50形」の解説
1937年・1938年・1940年に日本車輌で新造したディーゼルカーで、キハ50 - キハ54の5両が在籍した。登場当初はキハ40形だったが、登場後に故障が多発した事から42の「死に番」忌避の意味も込めて1939年にキハ40 - キハ43はキハ50形キハ50 - キハ53に改番されている(1940年製のキハ54は新製当初からキハ50形)。前面は3枚窓の「びわこ型」と通称される流線形で、車体もキハ30形に比べ2m延びた14mとなっている。キハ30形と同様、エンジンにはバス・トラック向けとして実績のある性能の安定した製品を採用し、稼働率が高かった。 キハ51はキハ33・34とともに神戸有馬電気鉄道に譲渡、1943年に川崎車輌で制御車に改造されクハ151形151となった。1971年に廃車された。 残ったキハ50・キハ52 - キハ54は神中鉄道の相鉄合併後の1944年にエンジンを撤去して客車化されホハ50形、相鉄の東急経営委託時には電車用のサハ50形、相鉄新体制発足後の1949年に制御車に改造され、50・54・53・52の順にクハ1050形クハ1051 - クハ1054となり、2年後の1951年にクハ1500形クハ1501 - 1504となった。なお、1502は前面が半流線型(丸妻)2枚窓に改造され、乗務員扉が付けられている。 1956年に4両とも廃車された。クハ1501・クハ1502は上田丸子電鉄に譲渡されクハ250形クハ252・クハ253に、クハ1503・クハ1504は豊橋鉄道に譲渡され、当初は相鉄時代と同じ番号で使用されていたが1968年の改番でク2400形ク2401・ク2402となった。
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