インフレーションからのアプローチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/14 04:36 UTC 版)
「完全雇用」の記事における「インフレーションからのアプローチ」の解説
1968年(あるいは67年)、マネタリスト学派の主唱者ミルトン・フリードマンは、エドモンド・フェルプスとともに独自の完全雇用失業率の概念を創出し、これを自然失業率と名付けた。もっとも、この自然失業率は経済が規範的な目標として目指すべきものとは考えられていない。フリードマンらが主張するのは、完全雇用状態を得ようとするのではなく、政策担当者はまずインフレ率を(低いレベルに)安定化させることに努力すべきだ、ということである。もしそういった経済政策が維持可能なものであったならば、失業率は次第に「自然」失業率まで低下するだろう、というのがフリードマンの説である。 フリードマンの考えはマクロ経済学に大きな影響をもたらし、現在では完全雇用とは、ある所与の経済構造の下で維持可能な最低レベルの失業率を指すことが多くなった。これはこの用語を最初に用いたジェームズ・トービンにならってインフレ非加速的失業率(NAIRU=Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment)と呼ばれる。概念としては自然失業率と同一であるが、「自然」という言葉の意味が不透明であるという立場から「自然」の言葉を避けているともいえる。完全雇用状態にあっては、循環的(あるいは労働需要不足による)失業は存在しない。もし経済が数年にわたってこの「自然」失業率あるいは「インフレ加速の閾値」失業率以下で推移するならば、インフレは加速するはずである(賃金および物価に関する外的統制がない前提で)。逆に、もし失業率がこのレベル以上で長期間推移するならば、インフレは沈静化するはずである。こうして、インフレ率が上昇も下落もしないような失業率としてNAIRUは導出されるのである。そこで一経済のNAIRUの絶対的な水準は、労働市場における供給側の要因に依存しているといえる。構造的失業、摩擦的失業といった要因がそれである。 フリードマンとフェルプスよりはるか以前、1951年にアバ・ラーナーはある種のNAIRUの概念を提唱していた。現在のNAIRUの考えと異なっている点は、彼は完全雇用失業率としてある一定の範囲を考察していた点である。彼は高い完全雇用失業率すなわち「所得政策が存在する下で維持可能な最小レベルの完全雇用失業率」と低い完全雇用失業率すなわち「そのような政策が存在しない下での失業率」を区別していた。 ローレンス・ボールは、インフレ率の低下および低インフレ状態の継続を経験した国や、拡張的金融政策が追求されなかった国においては、自然失業率が上昇するということを指摘した。また、ジョージ・アカロフやロバート・シラーらも、インフレ率によって自然失業率の水準が変わってくることを示し、長期のフィリップス曲線がフリードマンが言うような垂直ではないことを指摘した。インフレ率が非常に低い状態ないしデフレの場合には自然失業率が高まる、すなわち貨幣的現象が実体経済に影響を与えるということを示しており、貨幣の中立性が長期においても成立しないことを表す。これは、長期均衡においてさえ、デフレが雇用に悪影響を与え続けることを意味している。 アカロフらの研究は、デフレを含む非常に低いインフレ水準においても、また逆に非常に高いインフレ水準においても、長期における自然失業率が高まってしまうことを表している。このことは、完全雇用時における雇用量を最大化するという観点からの、望ましいインフレ率の存在の証明およびその水準を決定する理論的背景の一つを提供する。このことはまた、インフレ率の水準などを勘案せず、自然失業率の達成や産出量ギャップの有無だけでマクロ経済のパフォーマンスを判断することの危険性を示している。たとえば、低インフレ経済において失業率を低下させる政策が採られた場合、一時的には失業率が自然失業率を下回るためインフレが加速するが、それによってインフレ率が高まることによって自然失業率の水準が低下するため、失業率が自然失業率よりも高い状態になればインフレはもはや加速しなくなる。このように、インフレ率の非常に低い経済においては、一時的にインフレが加速しだしたことを以ってして拙速に、維持不可能なほどに失業率が低すぎると判断してはならない。
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