アルコール依存以外への概念の広がり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 01:48 UTC 版)
「共依存」の記事における「アルコール依存以外への概念の広がり」の解説
これはアルコール依存症だけではなく、ギャンブル依存症の家族、ドメスティックバイオレンス(DV虐待)、機能不全家族などにも見られる現象であると言われている。単にアルコール依存症患者家族との関係だけでなく、「ある人間関係に囚われ、経済的、精神的、身体的に逃れられない状態にある者」としての定義が受け入れられている。 暴力をふるう夫とそれに耐える妻のDV関係、ギャンブル、アルコール依存者の求める欲求、借金を本人に代わり穴埋めする家族(子を含む)、存在価値や承認欲求を満たすために支配的となる親からの無償の愛を受けたい子供の親子関係が逆転すること、家庭以外になると相手から自身の存在価値や承認欲求を認められたいために依存と愛の区別がつかないことで、愛されることが目的となっている恋愛関係などがある。この観点から、自立できない子供のパーソナリティ障害・恋愛における自己愛的な障害にまで共依存の概念が検討され、使用されるようになっている。 共依存関係は、一見すると献身的に見え、共依存者は「だって私が見捨てたらあのひとは生きていけない」などの発言をすることが多い。しかし行き過ぎて自身以外の他人の世話をすることは、結果として当人や双方の能力を奪い、無力化し、その人の生殺与奪を自分次第とする支配になり得る。愛情という名に「完璧に支配しているという快感」を得たいというエゴイズムが隠されている。人のために尽くすことは一見すると良いこととして捉えがちであるが家庭内に問題があっても外の世界で他者の生活などを支援する、手伝うという場面において、本人が必死になれば出来るはずの能力も奪う結果になり健康的な依存から共依存の関係に成立しやすい。 共依存という概念は、正しく使えば他者と自己との分離、精神的な自律に役立つ。しかし、共依存に対する誤った認識を持つと、「自分が共依存であるからいけないんだ」という考えにより自らを追い込む可能性があり、注意が必要である。そもそも人間関係において誰かに依存するということは病理とは認定されておらず、あくまでも当事者自身が関係に苦痛を感じていることが問題とされる。
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