「トリスタン和音」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 18:54 UTC 版)
「トリスタンとイゾルデ (楽劇)」の記事における「「トリスタン和音」」の解説
「トリスタン和音」は1919年、エルンスト・クルトが「ワーグナーの《トリスタン》におけるロマン派の和声法とその危機」において、この和音が西洋音楽史における機能和声の崩壊の象徴的存在であると見なしたことで有名となった。とはいえ、この和音自体はバッハの時代にも見られるものである。また、19世紀後半にあって、ワーグナーほど機能和声に執着し、聴き手にこれを意識することを要求する作曲家も少なく、「トリスタン和音」が機能和声崩壊の主たる原因といえるかどうかは疑わしい、との指摘がある。これによれば、「トリスタン和音」は和声進行だけでなく楽器法とも密接な関係にあり、和音の機能を一義的に和声体系のなかで固定するのでなく、むしろ多義的な性格がその特徴であるとする。 「トリスタン和音」のもっとも代表的な解釈は、この和音を「予備なしの掛留和音」としてとらえ、第2小節の最後の和音でイ短調の「重属七和音の第2転回型」が現れ、第3小節で嬰イ→ロに「属七和音の基本型」に解決する、というものである。しかし、楽器法はこの解釈と衝突する。すでに述べたように、動機Aのグループは「トリスタン和音」で消え、動機Bのグループはこの和音から入る。つまりAとBが重なるのは「トリスタン和音」のみであり、これは和声進行ではなく、不協和な響きそのものをとくに強調しようと意図されたものである。また、属七和音は本来主和音に解決することが期待される緊張をはらんでいるが、ここでは「トリスタン和音」という、より強い緊張感を持つ和音のあとに来るために、一種の解決のようにも見られることは、和音本来の機能が異化されていることになる。 作曲家のエルンスト・ブロッホは「ワーグナー<トリスタンとイゾルデ>における逆説」において、「トリスタン和音」について以下のように述べている。 「入り口の扉のところに、早くも難解で調性を確定しがたい、前奏曲のあの<トリスタン和音>がある。この和音は多くの場合において、ひとつのまったく巨大な断層である。その和音は、憧れを、そして2人の人間の間で互いが互いをのぞき込むような<と(und)>の象形文字なのであって、この<と(und)>は夜が更けゆくにつれて溺れ、沈み込むことによって高まってゆく。」
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