運河 運河の概要

運河

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/08 15:07 UTC 版)

アムステルダムの運河
イギリスのサマセット石炭運河

概要

長距離運河

運河には河川湖沼を連絡する内陸運河と海洋間あるいは海洋と内陸水路とを連絡する海路運河がある[1]半島を横断する運河としてキール運河地峡(陸の狭窄部)を横断する運河としてスエズ運河パナマ運河がある。海路運河のうち国際条約で原則として自由航行が認められている運河は国際運河と呼ばれる[1][2]。また、内陸運河には河川間を結び水路網を広げるものと、河川に並行して、または河川の通航困難な場所をバイパスを作り、既存の河川水運を改善するものの2つの種類が存在する[3]

また、海をつなぐものや内陸を走るもののほかに、海岸線に沿って走る沿岸運河も存在する。このような運河が建設されたのは、沿岸近くは風向きが変わりやすく海流や地形が複雑なうえ河口から流れ込む水流の影響もあり、船舶の航行が困難な海域であるため、そこを通らず内水面のみで沿岸域をつなぐためである[4]。こうした沿岸運河は、海岸砂州と陸地の間に広がっている細長い水域を利用して建設されることも多い。アメリカのメキシコ湾岸と大西洋岸には、海峡などを運河でつなぎ、外洋に出ることなく沿岸部を航行することができる沿岸内水路がそれぞれ整備されている。マダガスカル東部のインド洋沿岸には、パンガラン運河と呼ばれる全長700㎞に及ぶ潟湖を利用した運河が続いており、輸送や観光に利用されている[5][6]

ヨーロッパでは各地に運河が張り巡らされており、大切な交通手段として利用されるとともに、人気のあるレジャーのひとつともなっている。運河をめぐるヨーロッパ各国の概況だが、フランスでは運河を回るだけでほぼ一周することができるとされる。一方、イギリスにも多数の運河が存在するが、これらは産業革命時代に馬車に代わる大量輸送手段として盛んに建設された(運河時代)もので、陶器メーカーのウェッジウッドが馬車輸送による陶器の破損を避けるために製品輸送用の運河を造った例などが有名である。イギリスの運河は幅の狭いものが多かったため、ナロウボートと呼ばれる独特の小さな船を多用した。現代史においては、ドイツでは東西に分裂していた時代、西ドイツの航空機が東ドイツ領に囲まれた飛び地である西ベルリンに到達することが容易ではなかった状況などから、西側からの生活物資の大半がハノーファーから運河で運ばれ、貴重な物流網を成していた。

都市運河その他

上記のような遠隔地間を結ぶ運河のほか、海岸や河川沿いに位置する都市の多くは市内に運河を建設しており、交通や物資輸送に大きな役割を果たしていた。網の目のように市内に運河を張り巡らせている都市も多く、なかでもヴェネツィアアムステルダムなどは運河網がとくに発達していた。こうした都市運河は工業化の進展とともに鉄道や道路輸送にとってかわられることが多く、埋め立てられたり運河としての役目を終えたところが少なくないが、先述のヴェネツィアやアムステルダムなどいくつかの都市においては現在でもその運河網が現存し活用されている。日本においても江戸や大坂をはじめとして多くの都市に掘割などの運河網が張り巡らされていたが、明治以後陸上交通に重心が移行するに従い多くが埋め立てられた。

このほか、運河は干拓にも利用されることがある。オランダにおいては11世紀ごろから泥炭地の干拓が進むが、これは泥炭地に排水路を張り巡らして水抜きを行い、残った水路はそのまま運河として輸送路や排水に利用するものだった。泥炭地のほか、海の干拓においても運河は重要な役割を果たし、排水用の風車と運河の組み合わされた光景はオランダの風物詩ともなっている。また、交通用のほかに灌漑などの用水としての機能など、別の機能も併せ持つものも近代以降多く作られ、これらを疎水と称することもある。

運河と船型

各運河は閘門の大きさや運河の幅、深さなどによってそれぞれ通行可能な船の最大サイズが違ってくる。特に重要な運河の場合、その運河を通航できるサイズがそのまま標準の船型となることがある。特に重要な運河通航による船型は3つあり、最も小さいものはカナダセントローレンス海路を通航できるシーウェイマックス(全長226 m、幅24 m、喫水7.92 m)である。次に小さいものはパナマ運河を通航できるパナマックス(全長366m、全幅49m、喫水15.2m、最大高57.91m)である[7]。最大のものはスエズ運河を通航できるスエズマックスであり、喫水20m、幅50mまでとなる。また、スエズ運河にはスエズ運河橋が存在するため高さも条件に入る。一方で、閘門がないため長さは条件とはならない。こうした制限は大型船舶が航行するうえでの障害となり、とくに運河のサイズの小さいセントローレンス海路やパナマ運河において深刻である。最も小さいセントローレンス海路においては世界中の洋上用船舶のわずか10%のみしか航行できないとされる。またパナマ運河においても超大型タンカーや、最大級のコンテナ船は航行できないが、この両船種は効率上の要請から近年大型化が著しく、パナマ運河を航行できない船舶は増加する一方となっている。これを受け、パナマ運河では拡張工事が行われることとなり、これが2016年4月に完成予定であったが、ストライキやコスト超過に関するトラブルの影響で何度か延期され、2016年6月26日に開通した。この拡張後には、パナマ運河を通航できる船舶の最大値は 約 5,000 TEU から 12,000 TEU となり、新パナマックスは以下の通りになった。

  • 全長:366m(+72m)
  • 全幅:49m(+17m)
  • 喫水:15.2m(+3m)
  • 最大高:57.91m(旧パナマックスと変わらず)

特徴

水位差の調整

パナマ運河の閘門

運河には、標高差のない2点を結ぶ水平式運河と、標高差のある地点を結ぶ、あるいは途中で標高の高い地点を超える運河の2つの種類が存在する。標高に差のある地形に運河を建設する場合、水位の高低差を調整する仕組みが必要になる。この仕組みとして、閘門インクラインボートリフトなどがある。標高差を吸収する仕組みとして最も一般的なものは閘門であり、そのためこのタイプの運河のことを閘門式運河と呼ぶこともある。

水平式運河においては当然閘門は存在せず、閘門式運河に対してより簡易に船舶を航行させることができる。しかし水位に差をもたせずに高低差を吸収するため、運河橋により低地(低地にある他の運河を含む)の上を渡ったり、運河トンネルを掘って山地をくぐることもある。

運河が閘門式になるか水平式になるかは、建設の際にかかるコストによって異なってくる。全く高低差のない地形であれば当然水平式運河が採用されるが、高低差が存在する場合、山を切り開いて運河を開削したり、運河橋や運河トンネルなどを建設するには莫大な費用が掛かるため、それよりも閘門を連続させたり、水平に進めるところまで水平に建設しておいて船舶昇降機などで一気に高低差を吸収する方が総合的なコストが安く上がる場合があるからである。一方で、閘門を操作するコストは船舶が通行するごとにかかり、また当然ながら閘門の操作は船舶の航行の障害となるため、通行量の多い運河ほど水平式にしたほうが利点が大きくなる。この典型的な例がパナマ運河である。パナマ運河はフェルディナン・ド・レセップスによる計画時には水平式運河であったが、当時の技術力では水平式運河を建設することができず、閘門式の運河となった。しかし通行量の増大によってパナマ運河の容量に限界が訪れたため、第二パナマ運河計画やニカラグア運河計画といった水平式の運河建設計画が次々と持ち上がった。しかし中米地峡の地形は水平式運河を建設するにはいまだ厳しく、結局パナマ政府は既存の閘門式運河を改良することとなった。

閘門

閘門(こうもん)とは、高低差のある水路を閘室と呼ばれる領域に仕切り、船を昇降させる装置のことである。閘室は、水路の前後に開閉可能な扉を有している。まず、その一方のみの扉を開けて船を閘室に導く。つぎにその扉を閉じ、他方の扉側の導水路の開閉によって水位を上昇または下降させる。そして、最後に他方の扉を開けることにより、高低差のある水路における船の行き来を可能にする。閘門はひとつの運河に1個だけとは限らず、むしろ高低差の激しい運河の場合、段階的に船の高度を上げていかねばならないためにいくつもの閘門が連続することが珍しくない。

閘門としてよく知られているものはパナマ運河のものである。また中国には、13世紀にクビライによって築かれた通恵河がある。アメリカ合衆国カナダ五大湖セントローレンス川水系には、スーセントマリー運河ウェランド運河といった閘門式運河がある。日本では埼玉県さいたま市に同様の構造の見沼通船堀(みぬまつうせんぼり)があり、これは日本最古の閘門とされる。また東京都内の小名木川にある扇橋閘門茨城県稲敷市千葉県香取市境の横利根閘門や三重県桑名市の長良川河口堰にも閘門がある。愛知県愛西市船頭平閘門富山県富山市中島閘門重要文化財に指定されている。名古屋市松重閘門(現在稼動せず)は、東海道新幹線東海道本線名鉄名古屋本線(同線山王駅近く)からも見ることができる。関西では毛馬閘門(淀川)、尼崎閘門尼崎港)が現役で稼動している。

閘門の扉は左右に観音開きに開閉するマイターゲートと、扉が上下に動くローラーゲートがある。マイターゲートは、扉が左右に開くため上部に構造物が無く背の高い船を通せるものであり、パナマ運河などで使われている。これに対しローラーゲートは、扉の開閉の際に水圧の影響が少なく、多くの水門と同じ形状である。

水の供給

水位差のない運河の場合はさほど問題にならないことが多いが、高低差のある運河の場合、その運河に水を供給するために貯水池が建設されることが多い。これは、閘門の開閉の際に高地から低地に対して水が流出するため、その不足した水量を補うためである。世界最大の閘門式運河であるパナマ運河の場合、周囲の山岳地帯にアラフエラ湖(マッデン湖)などの貯水池が作られ、運河上のガトゥン湖に水を供給している[8]。貯水池のほかに、下の運河からポンプなどで水をくみ上げて使用する運河も存在する。

ギャラリー

インクライン

琵琶湖疏水における蹴上インクライン跡
フランス、Arzvillerインクライン

インクライン鋼索鉄道の一種であり、水運に関しては船を台車に収納し、台車全体を斜面に沿って引き上げることで水位差を吸収する設備である。タイプとしては船を水から引き上げて台車に収納する方式と、船を水槽に入れ、水に浮かんだままの状態で台車に収納する方式である。水から引き上げる方式の方が古くから使われているが、技術の進歩により後者の方式が開発されるとそちらの利用の方が多くなった。日本では水から引き上げる方式のものが琵琶湖疏水蹴上伏見に設置されていたが廃止された。日本以外ではイギリス、アメリカを始めフランスベルギーなどに設置され、現在も使用されているものもある。

ボートリフト

ベルギー、サントル運河のStrépy-Thieuボートリフト
スコットランドのファルカーク・ホイール

船舶昇降機、シップリフト、運河エレベータと呼ばれることもある。インクラインからさらに進んで、船を水に浮かべた箱をエレベータのように垂直に昇降させることで水位差を吸収する。

古いものでは、1875年にイギリスの運河に建設されたアンダートンボートリフト20世紀初頭にドイツのベルリン郊外に建設されたNiederfinowボートリフトがある。

近年のものでは、ベルギーのサントル運河(中央運河)に建設された ストレピ・ティウ・リフト(en)(2002年完成)がある。ストレピ・ティウ・リフトでは、高低差73mの運河に、1350tの船を収納し、水も含めると約8000tの重量を昇降させることができる巨大なリフトを2基備えている。これはユネスコ世界遺産にも登録されている一連の4つのボートリフトに代わり、高低差を一気に克服するものである。

また、スコットランドのフォース・アンド・クライド運河(en)にあるファルカーク・ホイール(2002年完成)[9]は、回転運動により船舶を昇降させる、全く新しい形式のボートリフトであり、その奇抜な形状から観光客を集めている[10]

水斜面

勾配水路と可動式の水門を用いる方式として水斜面がある。


  1. ^ a b c d 靑野寿郎・保柳睦美監修『人文地理事典』 p.387 1951年 古今書院
  2. ^ 「現代国際関係の基礎と課題」内第4章「国際関係の法制度」瀬川博義 p76 建帛社 平成11年4月15日初版発行
  3. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p182 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  4. ^ 『川を知る事典-日本の川・世界の川』p250 鈴木理生 日本実業出版社、2003年
  5. ^ 「目で見る世界の国々7 マダガスカル」M.M.ロジャース著 草野淳訳 1991年4月25日初版 国土社 p10
  6. ^ 「朝倉世界地理講座 アフリカⅡ」池谷和信、佐藤廉也、武内進一編、朝倉書店、2008年4月 p804
  7. ^ http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/qa/kohwan/ans5.htm 「よくある質問Q&A 港湾Q5 コンテナ船にはどのようなものがあるのですか。」 国土交通省北海道開発局 2015年7月10日閲覧
  8. ^ 国本伊代・小林志郎・小沢卓也『パナマを知るための55章』p133 エリア・スタディーズ、明石書店 2004年
  9. ^ 「運河と閘門 水の道を支えたテクノロジー」p25 久保田稔・竹村公太郎・三浦裕二・江上和也編著 財団法人リバーフロント整備センター企画監修 日刊建設工業新聞社 2011年3月30日第1刷発行 
  10. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p197 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  11. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p181 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  12. ^ a b c 「現代観光のダイナミズム 第2版」p83 米浪信男 同文舘出版 平成30年2月20日第2版発行
  13. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p184 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  14. ^ 『ジョージ王朝時代のイギリス』 ジョルジュ・ミノワ著 手塚リリ子・手塚喬介訳 白水社文庫クセジュ 2004年10月10日発行 p.81
  15. ^ 「商業史」p172 石坂昭雄、壽永欣三郎、諸田實、山下幸夫著 有斐閣 1980年11月20日初版第1刷
  16. ^ 「商業史」p173 石坂昭雄、壽永欣三郎、諸田實、山下幸夫著 有斐閣 1980年11月20日初版第1刷
  17. ^ 「アメリカとカナダの風土 日本的視点」p96 正井泰夫 二宮書店 平成7年4月1日第1刷
  18. ^ 「経営史」(経営学入門シリーズ)p101 安部悦生 日本経済新聞社 2002年12月9日1版1刷
  19. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p168-169 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  20. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p191-192 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  21. ^ 「現代観光のダイナミズム 第2版」p84-85 米浪信男 同文舘出版 平成30年2月20日第2版発行
  22. ^ 運河群(貞山運河,東名運河,北上運河)の再生と復興について(宮城県)2018年6月12日閲覧


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