運河 歴史

運河

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/08 15:07 UTC 版)

歴史

近代以前

エジプトでは紀元前2000年頃には地中海と紅海とを結ぶ運河建設が計画されていたとされ、紀元前480年頃それに代わるナイル川と紅海とを結ぶ運河が開かれることとなった[1]。中国でも紀元前1000年頃から各地で小運河が開かれていたが、7世紀にが中国を統一すると積極的に運河を建設していくようになり、煬帝によって華北と江南を結ぶ大運河が完成するに至った[1]。この運河は中国の南北を結びつけるまさしく大動脈となり、唐の繁栄の一因となるとともに、五代から宋にかけては黄河と大運河の結節点である開封に首都がおかれ、またこの運河の北端である北京に元代以降の歴代中国王朝の首都がおかれるようになるなど、中国の歴史を大きく変えた。

ヨーロッパにおいては、12世紀ごろより北イタリアで運河が盛んに建設されるようになった。1378年にオランダで閘門が発明されたが、この時はいまだ片扉のものであった。14世紀中盤には北イタリアで閘室が登場し[11]、17世紀中盤以降はドイツやフランスなどヨーロッパ大陸西部で盛んに運河が建設されるようになった。1681年にはフランス南西部を走るミディ運河が完成し、これによってフランスは国内のみで大西洋から地中海までを結ぶ大量輸送ルートの確保に成功した[12]

運河時代

このミディ運河を視察したブリッジウォーター公フランシス・エジャートンは、帰国後自領にあるワースリー炭鉱から工業都市マンチェスターまで通じる運河の建設を計画し、1761年にはこれを完成させる[13]。このイギリス最初の近代運河であるブリッジウォーター運河は大成功をおさめ、マンチェスターの石炭価格が半額に下落した[14]うえに経費が大幅に節約でき、ブリッジウォーター公に莫大な利益をもたらした。これを見た各地の領主や企業家は競って運河の建設に乗り出し、1760年代から1830年代にかけてはイギリスにおいて運河時代と呼ばれる一時代が現出した。とくに1790年代前半には「運河熱」と呼ばれる運河建設・投資ブームが巻き起こり、急速に運河の建設が進んだ。この運河網の発達は安定した大量輸送を各地で確保し、産業革命を推進する大きな力の一つとなった[15]が、各運河は各地の企業家貴族が思い思いに建設したために規格が統一されておらず、航行できる船のサイズがまちまちであるなど障害も多かった。このため、1825年に最初の蒸気機関車による鉄道が開通するとすぐに鉄道網がイギリス全国に張り巡らされるようになり、運河は急速に重要性を低下させていった[16]

アメリカにおいても運河建設が各地で進められる中、1825年ハドソン川エリー湖を結ぶエリー運河が開通した[17]。この運河は五大湖水系とニューヨークを直接結ぶものであり、これによって五大湖周辺の開発は一気に促進され、また運河の出口に当たるニューヨークは内陸部と外洋を結ぶ港湾都市として急速に成長し、現在の世界都市となる基盤を築いた。次いで1848年にはミシガン湖とミシシッピ川の支流であるイリノイ川を結ぶイリノイ・ミシガン運河が建設され、これによってミシシッピ川と五大湖が直接結ばれたほか、ミシシッピ河口のニューオーリンズから五大湖沿岸のシカゴを通って大西洋岸のニューヨークまで、外洋を通らずに航行できる内陸水路ルートが完成し、アメリカ内陸部の開発に大きな役割を果たした。しかしこれも、積み替えの手間や冬季の氷結などの弱点があり、鉄道の延伸とともに重要性は低下していった[18]

スエズ・パナマ運河の建設

ここまでの運河の発展は主に内陸運河であったが、19世紀中期に入ると技術の進歩により、大陸間の海運の障壁となっているスエズ地峡と中米地峡をバイパスする巨大運河の建設が構想されるようになっていった。1869年にはフランスのフェルディナン・ド・レセップスの手によってスエズ運河が開通し、これによってヨーロッパとアジア間の海運は劇的なまでに改善された[19]。また、この運河を帆船で航行することは困難だったため、全盛期を迎えていた帆船はこの運河の開通以降急速に用いられなくなっていき、以後は汽船が完全に世界の海の主役となった。ついで中米地峡に運河が構想され、いくつかのルートが検討された結果パナマ地峡に運河が建設されることとなり、パナマ運河がアメリカの手によって1914年に開通した。これにより難所であったマゼラン海峡を大きく迂回せずともアメリカ大陸の東西の海運が可能になり、大西洋と太平洋間の航行が劇的に改善された。1959年には五大湖とケベックを結ぶセントローレンス海路が建設され、これによって世界工業の心臓部のひとつである五大湖沿岸まで直接外洋船が乗り入れることが可能になった。

ヨーロッパにおける内陸運河は鉄道の登場によって衰退し主要な交通手段ではなくなったものの、ヨーロッパにおいてはライン川ドナウ川などの大河川による水運がさかんであり、こうした河川交通の補助や連結の役割を果たすものとして運河は命脈を保ち続けた。アメリカにおいても、ミシシッピ川や五大湖に連絡するものを中心にいくつかの運河が生き残った。こうした運河においては、鉄道やトラック輸送に比べて優位性のある、金属や鉱石・石油といった重量のあるものや危険物・廃棄物などが主に輸送されている。とくにヨーロッパ大陸にいてはピレネー山脈アルプス山脈以北の大河川はほとんど運河によって接続されており、大西洋から北海やバルト海、黒海に至るまでいまだ河川・運河の水路網によって通航が可能である。こうした運河網を維持するため、ヨーロッパ各国は1961年に水路の、1992年に水路を航行する船舶の分類と基準策定を行い、標準積載重量を1350tと定めた。そのサイズの船が航行できるよう、運河の改良がこれ以後各地で進められた[20]。一方、イギリスにおいてはかつて建設された運河のほとんどはレジャー・観光用となっており、物流用にはほとんど使用されていない。これは、イギリスの運河は大陸のように各地の大河川を結ぶ役割を持たず、そのため幅が狭いものが多くて近代の産業需要にまったく応えられないものがほとんどのためである。


  1. ^ a b c d 靑野寿郎・保柳睦美監修『人文地理事典』 p.387 1951年 古今書院
  2. ^ 「現代国際関係の基礎と課題」内第4章「国際関係の法制度」瀬川博義 p76 建帛社 平成11年4月15日初版発行
  3. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p182 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  4. ^ 『川を知る事典-日本の川・世界の川』p250 鈴木理生 日本実業出版社、2003年
  5. ^ 「目で見る世界の国々7 マダガスカル」M.M.ロジャース著 草野淳訳 1991年4月25日初版 国土社 p10
  6. ^ 「朝倉世界地理講座 アフリカⅡ」池谷和信、佐藤廉也、武内進一編、朝倉書店、2008年4月 p804
  7. ^ http://www.hkd.mlit.go.jp/topics/qa/kohwan/ans5.htm 「よくある質問Q&A 港湾Q5 コンテナ船にはどのようなものがあるのですか。」 国土交通省北海道開発局 2015年7月10日閲覧
  8. ^ 国本伊代・小林志郎・小沢卓也『パナマを知るための55章』p133 エリア・スタディーズ、明石書店 2004年
  9. ^ 「運河と閘門 水の道を支えたテクノロジー」p25 久保田稔・竹村公太郎・三浦裕二・江上和也編著 財団法人リバーフロント整備センター企画監修 日刊建設工業新聞社 2011年3月30日第1刷発行 
  10. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p197 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  11. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p181 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  12. ^ a b c 「現代観光のダイナミズム 第2版」p83 米浪信男 同文舘出版 平成30年2月20日第2版発行
  13. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p184 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  14. ^ 『ジョージ王朝時代のイギリス』 ジョルジュ・ミノワ著 手塚リリ子・手塚喬介訳 白水社文庫クセジュ 2004年10月10日発行 p.81
  15. ^ 「商業史」p172 石坂昭雄、壽永欣三郎、諸田實、山下幸夫著 有斐閣 1980年11月20日初版第1刷
  16. ^ 「商業史」p173 石坂昭雄、壽永欣三郎、諸田實、山下幸夫著 有斐閣 1980年11月20日初版第1刷
  17. ^ 「アメリカとカナダの風土 日本的視点」p96 正井泰夫 二宮書店 平成7年4月1日第1刷
  18. ^ 「経営史」(経営学入門シリーズ)p101 安部悦生 日本経済新聞社 2002年12月9日1版1刷
  19. ^ 「産業革命歴史図鑑 100の発明と技術革新」p168-169 サイモン・フォーティー著 大山晶訳 原書房 2019年9月27日初版第1刷発行
  20. ^ 「舟運都市 水辺からの都市再生」p191-192 三浦裕二・陣内秀信・吉川勝秀編著 鹿島出版会 2008年2月20日発行
  21. ^ 「現代観光のダイナミズム 第2版」p84-85 米浪信男 同文舘出版 平成30年2月20日第2版発行
  22. ^ 運河群(貞山運河,東名運河,北上運河)の再生と復興について(宮城県)2018年6月12日閲覧


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