加茂市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/07 09:51 UTC 版)
概要
市街地は三方を山に囲まれ、加茂川が貫流している。都市の起源は平安時代に遡り、青海神社の鳥居前町として栄えたのが始まりである。古くから京都との関わりがあった事や中心街の落ち着いた町並みから「北越の小京都」「越後の小京都」とも呼ばれる。
元市長の小池清彦は、矢祭町(福島県中通り地方)の「合併しない宣言」と同様に周辺市町村との合併を一切行わない事を政策とした(詳細は小池清彦#市町村合併に対する姿勢を参照)。
現市長の藤田明美のもと、四半世紀ぶりに加茂市総合計画を策定するなど、元市長時代の封建的鎖国型自治から、民主的革新型自治へと市政方針を一新。
目指すまちの将来像は、「笑顔あふれるまち かも」。
地理
市域は東西に細長く、市西部は越後平野、東部は新津丘陵に属する山地である。東端には日本三百名山・粟ヶ岳(標高1292 m)がそびえている。標高は低めだが登山口の標高は200m程度のため、標高の割に急勾配である。
市街地の中心部を加茂川が縦貫し、市西部で信濃川に合流する。市街地に隣接した加茂山は、県の木にもなっている雪椿の群生地である。
加茂川は、かつて川幅が狭かったが、昭和40年代の度重なる水害を機に河川敷が拡張・整備され、市民の憩いの場となった。川には多くの橋が数百m間隔で架けられており、8月14日には橋同士を結んだ全長2kmのナイアガラ花火が催される。
加茂駅から東側に細長くのびる旧市街には1 km以上にわたって歩道部にアーケードが架かる商店街が続き、「ながいきストリート」の愛称がついている(詳細は加茂駅 (新潟県)#駅周辺も参照)。公共駐車場の整備[1]やアーケードの拡張など積極的な施策が行われている。
一方、JR線を挟んだ西側の地域は、高度成長期以降に水田を埋め立てて開発された比較的新しい市街地で、西加茂と呼ばれている。東側の旧市街に比べて道幅が広く、自動車でのアクセスがしやすいため、ロードサイドショップが多く立地する。
三条市や燕市、南蒲原郡田上町などと共に、上越新幹線燕三条駅と北陸自動車道三条燕ICを中心とした地域は経済的な繋がりが深い点から、これらを総称して「県央地域」と呼ぶ場合がある。
田上町とは国道403号線沿いに住宅地が連続しており、境界はほとんど判別できておらず、地域社会としても一体化している。
地形
山地
- 主な山
河川
- 主な川
人口
加茂市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 加茂市の年齢・男女別人口分布(2005年) | ||
■紫色 ― 加茂市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | ||
加茂市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
国勢調査が開始された1920年(大正9年)時点の人口は17,253人であり、三条町(20,424人)、新発田町(17,813人)に次いで県内では6番目であった。
隣接している自治体・行政区
歴史
沿革
- 726年 - 青海神社が創建される。
- 794年 - 京都の賀茂神社の社領となる。このことから「加茂」と呼ばれるようになる。
- 1355年4月2日 - 中条茂資等の北朝方と、南朝方の河内氏等が陣峰にて戦う。
- 1545年4月24日 - 勅使として越後に派遣された勧脩寺大納言尚顕が青海神社に参向。
- 1570年 - 上杉氏家臣の早部甚甫守により要害城が築かれる。
- 1598年 - 上杉景勝の会津移封に伴い新発田藩の領地となる。新田開発が進む。
- 1658年 - 浅野三郎右衛門による加茂山の植林事業が始まる。1689年まで続いた。
- 1660年 - 浅野三郎右衛門が町割りを整備し六斎市を始める。
- 1695年 - 溝口重雄が矢立御神事場を献納し、舟行神事を中止する。加茂まつりが現在の形になる。
- 1828年11月12日 - 三条地震発生。地震の翌年、加茂矢立新田の斎藤真幸により著された『瞽女口説』が各地に広まる。
- 1868年5月22日 - 戊辰戦争に際し市川邸にて加茂軍議が行われる。
- 1695年 - 第2中学区私立第21番小学加茂校(現在の加茂市立加茂小学校)が開校する。
- 1878年9月21日 - 明治天皇が北陸巡幸に際し市川邸にて御昼餐を召される。
- 1889年4月1日 - 町村制施行によって南蒲原郡加茂町発足。
- 1897年11月20日 - 北越鉄道・沼垂 - 一ノ木戸間開通。加茂駅開設。
- 1901年11月1日 - 南蒲原郡加茂町と加新村、狭口村が合併。
- 1903年5月11日 - 新潟県立農林学校が開校する。
- 1906年 - 加茂町立図書館が開館する。
- 1923年4月17日 - 加茂町立加茂実科高等女学校が開校する。
- 1930年10月20日 - 蒲原鉄道線全線開通。加茂駅乗り入れ。
- 1954年3月10日 - 加茂町が南蒲原郡下条村を編入し、市制施行。
- 1954年11月3日 - 中蒲原郡七谷村を編入。
- 1955年11月1日 - 中蒲原郡須田村を編入。
- 1961年9月16日 - 第二室戸台風により加茂山の大杉約200本が倒れる。勅使手植の欅や媼杉(ばばすぎ)もこの時に倒れる。
- 1969年8月11日 - 加茂川水害(昭和44年8月豪雨)発生。これを機に14年もの歳月をかけ加茂川の川幅拡張、橋の架け替えなどが行われた。
- 1974年8月20日 - 加茂市立民俗資料館が開館。
- 1985年3月31日 - 蒲原鉄道線・加茂 - 村松間廃線。
- ^ “加茂市街地の公共駐車場”. 加茂市. 2021年9月23日閲覧。
- ^ “新潟・加茂市若宮町、水車で町を活性化―商店街の川にまず2台。”. 日本経済新聞: p. 22 地方経済面 新潟. (1986年11月9日)
- ^ “歴代市長”. 加茂市. 2021年3月7日閲覧。
- ^ “任期満了日(定数)一覧”. 新潟県選挙管理委員会 (2021年2月9日). 2021年3月14日閲覧。
- ^ “「加茂オリジナル推奨品」パンフレット”. 加茂商工会議所 (2020年9月). 2020年10月2日閲覧。
- ^ “「加茂桐たんすまつり」始まる”. 日本放送協会. 2023年10月10日閲覧。
- ^ 「加茂町織物業の盛衰」(PDF)『加茂市史だより』第40号、加茂市教育委員会、2019年10月、2頁。
- ^ 「各地に広がった加茂縞」(PDF)『加茂市史だより』第27号、加茂市教育委員会、2013年3月、1頁。
- ^ 「コラム よもやま噺 紙問屋 今むかし/田辺喜平商店 社長 田辺敏夫さん」(PDF)『かもいろ』第8号、加茂商工会議所、2014年12月、14頁。
- ^ 「小京都みぃつけた 加茂紙」(PDF)『かもいろ』第13号、加茂商工会議所、2016年3月、20頁。
- ^ 「小乙川流域の鉛鉱山跡-佐渡にも運ばれた鉛-」(PDF)『加茂市史だより』第23号、加茂市教育委員会、2011年3月、1頁。
- ^ “露天市場”. 加茂市公式ホームページ. 2023年10月10日閲覧。
- ^ “加茂の朝市”. 加茂商工会議所. 2023年10月10日閲覧。
- ^ a b c d e f “加茂市公共交通時刻表(R4.7.16改定版)”. 加茂市. 2022年12月18日閲覧。
- ^ a b “便利になるかも!? 公共交通「かもんバス・タクシー」本格運行 新潟加茂市・車体にマスコット「おでかもちゃん」”. 新潟日報. (2022年11月8日)
- ^ 「8月1日からの市街地経由七谷方面への市民バスの運行について」(PDF)『広報かも』第564号、加茂市、2003年6月、5-11頁。
- ^ a b 「新潟交通の新飯田線が8月1日から廃止となり、市民バスが運行されます。」(PDF)『広報かも』第610号、加茂市、2007年4月、2-4頁。
- ^ a b 「8月から新飯田線に市民バス」(PDF)『広報かも』第612号、加茂市、2007年6月、5-6頁。
- ^ 「市民バス新路線 長福寺~希望ヶ丘線 運行開始」(PDF)『広報かも』第702号、加茂市、2014年12月、1-4頁。
- ^ 「市民バス新路線 猿毛ー西加茂西部線 12月1日運行開始」(PDF)『広報かも』第738号、加茂市、2017年12月、2-3頁。
- ^ 「市民バス運行形態が変わります」(PDF)『広報かも』第783号、加茂市、2021年9月15日、9頁。
- ^ a b 「加茂市営市民バスが変わります!」(PDF)『広報かも』第784号、加茂市、2021年10月15日、1・6-8。
- ^ a b 「市民バスの実証実験について」(PDF)『広報かも』第788号、加茂市、2022年2月15日、2頁。
- ^ “加茂市営市民バス運行見直しに関する協議資料”. 加茂市 (2021年8月). 2022年12月18日閲覧。
- ^ “デマンド乗り合いタクシーを地域の足へ、新潟県加茂市で実証運行”. Response. (2021年10月26日)
- ^ 「加茂の風土記 加茂新田が加茂の玄関口に」(PDF)『広報かも』第748号、加茂市、2018年10月、20頁。
- ^ 「川汽船の盛衰」(PDF)『広報かも』第752号、加茂市、2019年2月、12頁。
- ^ 「神社・寺をめぐる 加茂さんぽ」(PDF)『かもいろ』第28号、加茂商工会議所、2020年、4-7頁。
- ^ 「加茂美人の湯」が24日オープン - ケンオー・ドットコム.2002年11月15日付。
- ^ 下条川ダム - 加茂市.2018年11月28日閲覧。
- ^ 「マカロニ国産化の先駆者 石附吉次像」(PDF)『加茂市史だより』第37号、加茂市教育委員会、2018年3月、1頁。
固有名詞の分類
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