鴨川 (淀川水系) 鴨川 (淀川水系)の概要

鴨川 (淀川水系)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/14 01:18 UTC 版)

鴨川
鴨川(四条大橋から上流を望む)
水系 一級水系 淀川
種別 一級河川
延長 31 km
平均流量 -- m³/s
流域面積 210 km²
水源 桟敷ヶ岳(京都市北区
魚谷山(京都市北区)
水源の標高 896 m
河口・合流先 桂川(京都市伏見区
流域 京都府京都市
テンプレートを表示

地理

河川法(昭和39年法律第167号)における一級河川鴨川の起点は、京都市北区雲ケ畑の出合橋付近である。

北区雲ケ畑の桟敷ヶ岳東部の谷をとする祖父谷川と、桟敷ヶ岳南部の薬師峠を源とする雲ケ畑岩屋川が雲ケ畑岩屋橋で合流して雲ケ畑川となる。雲ケ畑に建つ金光峯寺志明院(岩屋不動)境内に在る洞窟(神降窟)からの湧水が鴨川の始まり、最初の一滴とされて祀られている[1]

雲ケ畑川は、雲ケ畑の魚谷山南部の谷を源とする中津川と出合橋で合流し、これより「一級河川鴨川」となる(一級河川鴨川の起点標識は、以前は中津川側にあったが、現在は中津川との合流点に設置・修正されている)。

また、この鴨川本流とは別に、京都市右京区芹生峠を源とする一級河川貴船川と、京都市左京区花脊峠を源とする一級河川鞍馬川がある。両者は貴船口で合流し一級河川鞍馬川となり、山幸橋付近で鴨川と合流し大きな流れとなる。なお、貴船神社社伝においては玉依姫命淀川・鴨川の源流を遡上した際にたどりついたのが貴船の地とされる。

鴨川は一級河川鞍馬川と合流後、北区上賀茂京都盆地に出る。上賀茂神社(賀茂別雷神社)、下鴨神社(賀茂御祖神社)脇を南南東に流れ、賀茂大橋(加茂大橋)手前で一級河川高野川と合流する。そこから京都市内を真南に流れ、四条大橋上流で一級河川白川と合流したのち南西へ流れ、五条大橋から再度南下、九条高架橋を越えた後に南西へと流れを変え伏見区下鳥羽で一級河川西高瀬川と合流、そのまま桂川に注ぐ。また、中京区で西に高瀬川を分け、以南で並行して九条付近で再度合流する。

表記

1964年昭和39年)公布、翌年施行の河川法により、起点よりすべて鴨川の表記に統一されているが、慣例として、高野川との合流点より上流は賀茂川または加茂川と、下流を鴨川と表記する。「日本紀略」では「鴨川」「賀茂川」どちらの表記も混在しているが、平安時代には流域により表記を区別していたわけではない。

平安京の東部を流れることから、古くは東河あるいは朱雀川とも呼ばれた。また左岸四条下流側にある花街「宮川町」の名の由来は鴨川を宮川と呼んだためとする。

歴史

古代の鴨川上流域は賀茂県主氏の本拠地であった。上賀茂神社、下鴨神社はその氏神を祀る。

平安京においては都の東限となる。なお、鴨川が平安京の東限とされた理由として、作庭記を根拠に、風水四神相応、つまり四神の玄武(山)・青龍(川)・白虎(道)・朱雀(沢)の東の神「青龍」に擬したためだとする説がある。しかし、そうしたことは史書では確認できず、作庭記も平安京の地勢については言及していないことから、四神相応の思想が造都工事に影響を与えたという史学的根拠はなく、後世における推論が通説化したものと考えられる。 中世には四条から五条の河原が歓楽地となり、多くの芸人が集まるようになった。その中の一人に出雲阿国がいる。現在も四条大橋東側に年末恒例の顔見世で有名な南座が建っているが、これは四条河原が芸能の地であった名残であり、また祇園町先斗町宮川町などの有数の花街が拡がるのもその名残である。

1614年(慶長19年)には角倉了以素庵父子によって高瀬川が開鑿され、京都と大坂を結ぶ水路として利用された。1890年(明治23年)には琵琶湖疏水によって琵琶湖とも結ばれた。しかし20世紀に入ると、鉄道の開通によりこれらの水運は衰退した。

フランス橋をめぐる景観論争

京都市1980年代以降、三条大橋と四条大橋の中間に歩行者専用の新たな橋を架けることを計画している。この計画に対しては、予定地の東側では街の活性化につながると賛成する意見がある一方で、西側の先斗町では地域が橋への通り道になると街の風情が損なわれるとして反対する意見が多数を占めていた。

1996年、京都を訪問したフランスシラク大統領(元パリ市長)は桝本頼兼市長との会談で、セーヌ川ポンデザール(芸術橋)を模した橋を鴨川に架けることを提案した。これは、2年後の1998年が「日本におけるフランス年」にあたることと、京都市とパリ市の友情盟約締結40周年にあたることから、その記念事業としての構想であったが、この計画が公表されると「新たな名所になる」と歓迎する意見がある一方で、「フランス風のデザイン」が景観を損ねるとの批判も起こり、世論を二分した。1997年に行なわれた都市計画案の公告・縦覧では計画に賛成する意見書が反対を上回ったものの、これに対しても計画に反対する市民団体から「意見書の内容を充分に検討することなく数のみを比較している」と、計画決定の拙速さが批判の対象となった。またフランスのル・モンド紙が計画を批判する記事を掲載するなど、京都市外をも巻き込んだ論争となり、結局、1998年に市は芸術橋計画を白紙撤回した。[2]

条例による規制

京都府鴨川条例2008年4月1日施行)により、場所によって自転車の放置・打ち上げ花火や爆竹・バーベキューなどが禁止されている。


注釈

  1. ^ 下鴨神社のある地点
  2. ^ おおまかにいうと上賀茂神社のあたりから四条大橋のあたりまで
  3. ^ 植村 (2011)では「扇状地II面」及び「扇状地III面」、高橋 (2012)では「完新世段丘II面」及び「現氾濫原面」と呼ぶ範囲。
  4. ^ 植村 (2011)では「扇状地I面」、高橋 (2012)では「完新世段丘I面」、河角 (2001)では「段丘面III(完新世段丘面)」の上に位置する。
  5. ^ 平安京造営時における出町以南における鴨川水系の氾濫原の範囲には、現在の鴨川流路が含まれる[23][24]が、このことは、現在のような鴨川の流路をとっていたことを直接は意味しない。
  6. ^ 賀茂神社を流れる鴨川の支流を指すという説もあり。糺森(ただすのもり)の南で本流に入る。
  7. ^ 京都市が許可を得て鴨川上流で捕獲してDNA鑑定したところ、捕獲したオオサンショウウオの90パーセント以上が交雑種、またはチュウゴクオオサンショウウオだった[41]

出典

  1. ^ 特別企画第1弾鴨川源流域を歩く、鴨川探検!再発見!(京都府ホームページ)
  2. ^ 木村万平『鴨川の景観は守られた : “ポン・デ・ザール”勝利の記録』かもがわ出版、1999年。 NCID BA41244790 
  3. ^ 京都二条、五条の大橋流失『大阪毎日新聞』昭和10年6月29日号外(『昭和ニュース事典第5巻 昭和10年-昭和11年』本編p206-207 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  4. ^ 今度は台風が連れてきた豪雨『東京朝日新聞』昭和10年8月11日(『昭和ニュース事典第5巻 昭和10年-昭和11年』本編p209 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  5. ^ 『京都市水害誌』(1936年3月、京都市発行、京都府立京都学・歴彩館所蔵(資料ID110487853))
  6. ^ a b c 植村 2011.
  7. ^ 植村 2011, p. 52, 第2章「鴨川と京都の水害史」.
  8. ^ 今度は近畿に豪雨『日本経済新聞』昭和26年7月12日3面
  9. ^ 一瞬・京阪神に豪雨禍『朝日新聞』昭和26年7月12日3面
  10. ^ 塚本常雄「京都市域の変遷と其地理学的考察」『地理論叢』(第一輯)所収
  11. ^ 林屋辰三郎『京都』岩波書店〈岩波新書〉、1962年、6頁。ISBN 4-00-413095-6 
  12. ^ 横山 1988, pp. 9–40.
  13. ^ 横山 1988.
  14. ^ 横山 1988, p. 131.
  15. ^ 横山 1988, pp. 124–131。表流水が岩盤によってせき止められることだけではなく、「(「鴨川つけかえ説」による)古賀茂川の流路は地下の岩盤の尾根をほぼ直角に越えねばならない。もちろん理屈としては水は地表面を流れるのだから不可能ではないが、川は地下水とともに流動していて、地下に存在する旧河道いわゆる先行河川を大きくそれることはほとんどないという自然史学上の常識と大きく異なっている」[14]と、地下の岩盤の存在による地下水流の影響も含めて考察している。
  16. ^ 横山 1988, pp. 92, 123.
  17. ^ 横山 1988, p. 152.
  18. ^ 高橋学 著「近世における京都鴨川・桂川の水害」、吉越昭久・片平博文 編『京都の歴史災害』思文閣出版、2012年、33-45頁。ISBN 978-4-7842-1643-7 
  19. ^ 小谷愼二郎 著、法政大学大学院エコ地域デザイン研究所歴史プロジェクト 編『水から見た京都:都市形成の歴史と生活文化』2007年。 
  20. ^ 荒井まさお『賀茂川の謎を追って』文芸社、2001年。ISBN 4-8355-2457-8 
  21. ^ 植村 2011, pp. 34–56, 「第2章 鴨川と京都の水害史」.
  22. ^ 加藤繁生「『鴨川つけかえ説』再び(上)ー横山卓雄「鴨川非つけかえ説」の不審ー」『史迹と美術』 912号、史迹美術同攷会、2021年、50-62頁。ISSN 0386-9393 加藤繁生「『鴨川つけかえ説』再び(中)ー横山卓雄「鴨川非つけかえ説」の不審ー」『史迹と美術』 913号、史迹美術同攷会、2021年、72-84頁。ISSN 0386-9393 加藤繁生「『鴨川つけかえ説』再び(下)ー横山卓雄「鴨川非つけかえ説」の不審ー」『史迹と美術』 914号、史迹美術同攷会、2021年、123-130頁。ISSN 0386-9393 
  23. ^ a b c d e 高橋 2012, p. 37.
  24. ^ a b c d 植村 2011, p. 38.
  25. ^ 加藤 2021a, pp. 59–60.
  26. ^ 河角龍典「平安京における地形環境変化と都市的土地利用の変遷」『考古学と自然科学 = Archaeology and natural science : 日本文化財科学会誌』第42巻、奈良 : 日本文化財科学会、35-54頁、2001年。ISSN 02885964https://www.jssscp.org/files/backnumbers/vol42_3.pdf によれば、縄文時代の河川堆積の作用が見られる一方で、縄文時代晩期の遺構が見られるとし、その時期(縄文時代晩期)には概ね地形が形成されていたことを示している。すなわちある時代の生活遺構が載るということは、その時代以降には概ね地形が形成されていたことを示している。
  27. ^ a b 林屋 1962, p. 6.
  28. ^ 横山 1988, pp. 91, 123.
  29. ^ 「京都盆地北部の扇状地-平安京遷都時の京都の地勢-」『古代文化』 34-12巻。 
  30. ^ 河角龍典「歴史時代における京都の洪水と氾濫原の地形変化 遺跡に記録された災害情報を用いた水害史の再構築」『京都歴史災害研究』第1巻、立命館大学歴史都市防災研究センター京都歴史災害研究会、13-23頁、2004年3月19日。doi:10.24484/sitereports.118316-44701ISSN 13493388https://r-dmuch.jp/wp/assets/ja/results/disaster/dl_files/1go/1_3.pdf 
  31. ^ 高橋 2012.
  32. ^ 河角 (2003), p. 15では、平安京左京の鴨川流域では、10世紀頃まで流れていた旧河道が存在することを示す。
  33. ^ 久世康博「『平安京』下層地形の復元」『古代文化』 61-3巻、2009年。 久世康博「桓武天皇が見た平安京前夜の京都盆地」『史迹と美術』 824号、2012年。  久世 (2012)の論考は、自身が平安京跡の発掘調査に携わる中で小河川の痕跡を丹念に収集し、一部横山の主張を採り入れつつ「平安京前夜」の京都盆地の流路を復元・図示したものである。
  34. ^ 加藤 2021c, pp. 125–128.
  35. ^ 加藤 2021b, pp. 77–78.
  36. ^ 加藤 2021c, pp. 128–129。加藤は横山説を「自然科学の衣を二重三重に纏って真実らしさを装っているようなもの」と評する一方で、一様に「最近の地質学の研究によれば」と横山説に同調する歴史学者に対し、「その地質学が分かっていない」と辛辣に批判する。
  37. ^ 京都新聞2011年7月16日夕刊9面に掲載の「左右気にせず愛語り合う」では記者がメジャー片手にカップルの間隔を実地計測してレポートしている。また1994年に斉藤光橋爪紳也共著「kyoto恋愛空間」(学芸出版刊)にも鴨川等間隔の法則について書かれている
  38. ^ 鴨長明『無名抄
  39. ^ 源家長『家長日記』
  40. ^ オオサンショウウオ#分布
  41. ^ 京都新聞2012年2月15日朝刊1面
  42. ^ 天然アユ復活へ鴨川に魚道を設置を
  43. ^ アユ2万匹鴨川に遡上
  44. ^ 京都新聞2012年5月17日18面京都市民版
  45. ^ 京都新聞2017年6月22日1面
  46. ^ 御手洗川(明神川) - 京都観光Navi(京都市、京都高度技術研究所、2013年9月15日閲覧)
  47. ^ 京都新聞2012年9月24日朝刊 京都市地域版 22面・2013年4月13日朝刊 京都市地域版 21面
  48. ^ 「京阪沿線の名橋を渡る・七条大橋」『K PRESS』2014年3月号、京阪電鉄、8頁。 
  49. ^ 京都新聞2017年12月20日18面「二条大橋昭和18年より74年ぶりに改修」


「鴨川 (淀川水系)」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「鴨川 (淀川水系)」の関連用語

鴨川 (淀川水系)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



鴨川 (淀川水系)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの鴨川 (淀川水系) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS