日本刀 製法

日本刀

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/02 02:31 UTC 版)

製法

一般的な鍛刀所の様子。画面右側手前に玉鋼を熱する炉「火床(ひどこ、ほど)」があり、その奥に空気を火床に送り込む箱型の装置「(ふいご)」がある。刀工は画面中央の円座に座り作業を行うことになる。
現在まで伝わる日本刀の伝統的な製造工程における、玉鋼が変化していく様子を右側から配置した展示。

「折れず、曲がらず、良く斬れる」の3要素を非常に高い次元で同時に実現させるため、日本刀の原材料となる鋼の製法、選定、刀剣の鍛錬には、古来から多くの刀工が工夫している。平安時代の古刀期以降の刀工が主たる原材料としてきたものは、砂鉄を原料としたたたら吹きによって製造される「玉鋼」と呼ばれる鋼である。砂鉄を使ったたたら吹きは、考古学による確かな証拠としては少なくとも古墳時代の6世紀後半までには砂鉄の一大産地であった吉備地方(後の備前伝もこの地にある)で行われ、ここから全国に広まったものと考えられており、日本の炉は形状が低い箱型で中国・朝鮮のものとは異なり世界的に見ても特異である[54]。ただし「玉鋼」の名称は古来のものではなく、明治時代半ば以降に命名されたもので、もとは島根県の安来製鋼所で製造し、陸軍、海軍に坩堝の材料として納入していた鋼の商品名であった[55][56]。分析から、鋼の質については鎌倉時代を頂点にそれ以降低下し始めるという現象が起こっており、一因としてどこかで鋼を作る製法に変化があった可能性について述べられることもある[57]。しばしば日本刀とは区別されることもある平安時代以前の上古刀に関しては、鉱石系箱形炉という鉄鉱石を原材料にした小型の炉が用いられていたことが判明している。今日においては、古くから伝わる卸鉄(おろしがね。鉄材を再還元して刀剣用に供する鋼を造ること)や自家製鉄した鋼を用いる刀工もおり、日本固有の伝統技術として継承されている。

なお、平安時代から安土桃山時代頃までの古刀期の日本刀の製作方法や使用原料については史料がないため明確ではなく、現在の伝統的な日本刀の製作方法は安土桃山時代末の慶長の頃から始まった新刀期から受け継がれているものとされ、江戸時代以降の記録に基づくものである[58]。古刀期の鍛造法が正確に受け継がれたなかった理由については、1590年の吉井川の大洪水により当時日本刀の最大の生産集団であった備前伝の拠点がほぼ壊滅し、日本刀生産の中心が美濃伝に移った事、豊臣秀吉の事実上の日本統一により鍛造に用いられる鋼が均一になったことによるものであるとされる[59][60]人間国宝(重要無形文化財保持者)の刀工であり、長年自家製鉄に取り組んでいた天田昭次は、古刀と新刀の地鉄には決定的な違いがあると言い、古刀期の作刀の原料や鍛法は判然としないとする[61]。鎌倉時代の名刀の材料や製作法については、いまだ研究途上にある[62]。江戸時代末期以来、刀工やさまざまな分野の専門家が研究を続けているが、古刀の実物から試料を取って分析することが不可能なこともあり、鎌倉期の名刀を再現するまでには至っていないといわれていた[63]

しかし2014年に河内國平が、日本美術刀剣保存協会主催の「新作名刀展」に出展した「國平河内守國助(くにひらかわちのかみくにすけ)」で、現在の原料では不可能といわれていた古刀の特徴である地紋の「乱れ映り」の再現に完全に成功し、刀剣界の最高賞と言われる「正宗賞」(太刀・刀の部門)を受賞した[注 5]。太刀・刀の部門は長らく「該当なし」であり、18年ぶりの受賞であった。これにより乱れ映りのメカニズムが解明されほぼ100%再現できるようになった。河内によると、受賞刀は一般的な作刀法で作られた刀と比べて地鉄が柔らかく、刃文を美しく見せる芸術品ではなく武器としての強靭さを重視して焼入れの仕方を変えたことが成功に繋がったという[64][65][66]。 ただし、刀の見た目の再現が出来たからと言って考古学的に古刀期の技法の再現が出来ているかどうかとは全く別の問題である事に注意する必要がある。 以下の説明は、現代刀工によって行われている一般的な製作方法である[67]

質の高い鋼の作成

たたら吹き
日本刀の材料となる和鋼(わこう)もしくは玉鋼(たまはがね)と呼ぶ。玉鋼は日本独自の製鋼法である「たたら吹き」で造られる。諸外国の鉄鉱石を原料とする製鋼法とは異なり、原料に砂鉄を用いることで低温で高速還元を実現し、さらには近代的な製鋼法に比べて不純物の少ない砂鉄を原料として使うため、良質のを得ることができる[68]
水減し
熱した玉鋼を鎚(つち)で叩き、薄い扁平な板をつくる。これを水に入れて急冷すると、余分な炭素が入っている部分が剥落ちる。これを「水減し」または「水圧し(みずへし)」という。ここまでがへし作業と呼ばれる地金づくりである。
積沸かし
この焼きを入れて硬くした塊はへし金(へしがね)と呼ばれ、鎚で叩いて小さな鉄片に砕く。その破片の中から炭素分の多い硬い鉄と少ない軟らかい鉄に分け、これらの鉄片を別々に「てこ」と呼ばれる鍛錬用の道具の先に積み上げて和紙でくるむ。周囲に藁灰を付けさらに粘土汁をかけて火床(ほど)に入れ表面の粘土が溶けるくらい加熱する。藁灰(プラント・オパール由来の珪酸分)と粘土の珪酸分が加熱によってガラス様に熔解して鋼の接着面の表面を覆い、鉄の酸化皮膜酸化鉄(II)および酸化鉄(II,III))形成を阻害することで鋼の焼減りすることを防ぐ(※溶けた珪酸による酸化皮膜防止は同様の現象を利用して後述の鍛接の際に鋼の圧着にも用いられる。またいずれの鍛接の際にも融けたガラス状になった珪酸分は叩き出されて鋼の外に飛び散り、鋼間の結晶同士は圧着される)。小槌で叩いて6×9cmくらいに固める。鉄片が足りなければ、さらに積み上げ加熱して小槌で叩いて成形し所要の1.8-2.0kg程度の量にする。以上が「積沸かし」の工程である。玉鋼以外に炭素量の多い銑鉄と包丁鉄と呼ばれる純鉄も積沸かしと次の下鍛えの作業を行なう。
鍛錬(下鍛え)
赤熱したブロックを鎚(つち)で叩き伸ばしては中央に折り目を入れて折り重ねる「折り返し鍛練」を縦横方向で繰り返し行う。ちなみに刀匠(横座)と弟子(先手)が交互に刀身を鎚で叩いていく「向こう槌」が「相槌を打つ」という言葉の語源となった。この段階では5-6回程度の折り返しが行なわれる。

鋼の組合せ

積沸かし
玉鋼、銑鉄、包丁鉄の3種類の下鍛えが済めば再び小槌で叩いて鉄片にし、それぞれの鋼の配合が適切になるように選んで、1回目の積沸かしと同じく積み上げて溶かし固める。この段階で含有炭素量が異なる心金(しんがね)、棟金(むねがね)、刃金(はのかね)、側金(がわがね)の4種類の鋼に作り分けられる。
鍛錬(上鍛え)
心金で7回、棟金で9回、刃金では15回、側金では12回程度の折り返しが行なわれる。叩き延ばした鋼を折り返しながら鍛錬を重ねることで、硫黄などの不純物や余分な炭素、非金属介在物を追い出し、数千層にも及ぶ均質で強靭な鋼へと仕上がっていく。
鍛接と沸延べ
日本刀の鋼の構成と各部名称(四方詰鍛えの断面)
造込みには他にも、本三枚鍛え、捲り鍛え、甲伏せ鍛え、無垢鍛えがある。(参考画像(英語)
下鍛えと2回目の積沸かし、上鍛えによって心金、棟金、刃金、側金の4種類の鋼が得られた後、棟金、心金、刃金の3層を鍛接して厚さ20mm、幅40mm、長さ90mm程の材料が4個取れるくらいに打ち伸ばして4つに切り離す。これは「芯金」と呼ばれる。側金も加熱され長さが芯金の倍になるくらいに叩き伸ばされ中央から切り離されて、芯金と同じ長さの側金が2本作られる。
(四方詰鍛えの造込みでは、)側金、芯金、側金の順で重ねられ、沸かして鍛接されて、厚さ15mm、幅30mm、長さ500-600mm程度に打ち伸ばされる。「てこ」が切り離されて、刀の握り部分になる「(なかご)」が沸かされ鍛接される。
素延べ
刀の形に打ち延ばす「素延べ(すのべ)」を行い、先端を3角に切り落とすがそのままでは刃先側に棟金や心金が現れるため、とがった先を背の側に打ち曲げて硬い刃金だけが刃の側に来るようにする[69]。ここでの姿が最終的な日本刀の完成形を決めるため、慎重に小槌で叩き形を整えていく。
火造り
刀身の棟は三角になるように叩いて、刃の側(平地)は薄くなるように叩き延ばす。茎の棟を叩いて丸みを付け、最後に「鎬地(しのぎち)」を叩いて姿を整える。刀身全体をあずき色まで低く加熱し除冷する。
空締め
冷えてから表面の黒い汚れを荒砥石で砥ぎ落とし、平地と鎬地を小槌で叩いて冷間加工を行なう。棟と刃の直線を修正して、銛(せん:銑とも)と呼ばれる鉄を削る押切りの刃のような大振りの手押しかんなで凹凸を削る。この段階で「刃渡り」と「区(まち)」が定まる。
生砥ぎ
かんなの削り跡を砥石で砥ぎ落とす「生砥ぎ(なまとぎ)」を行なう。その後、水を含む藁灰で油脂分を落とし乾燥させる。

温度管理

刃文を正確に記録した押形と写真の違い。写真の刃側の白い部分は刃文を見やすくするために研磨しした刃取りの部分であり、刃文は白い部分の中にある微妙な線である[70][71]
土置き
加熱した刀身を水などで急激に冷やす「焼入れ」の準備として、平地用、刃紋用(刃文用)、鎬地用の3種類の焼場土(やきばつち)を刀身に盛る「土置き」を行なう。一般的には平地に平地用の焼場土を均一に薄く塗り、刃紋に筆で刃紋用焼場土を描く。最後に刃紋から棟までを鎬地用焼場土を厚く盛る。鎬地の焼場土を厚くすることで、焼入れでの急冷時に刃側はすばやく冷やされ十分に焼きが入り、棟の側は比較的緩慢に冷えるために焼きはそれほど入らなくなる。逆に刃紋の部分だけに土を置き、土を置いた部分の気泡の発生を抑えて刃先だけを急冷し、しのぎの部分は自然発生する気泡で緩慢に冷却する方法や、全く土を置かずに刃の薄くなった部分が先に冷えること利用した焼き入れの仕方なども存在する。焼きによって容積が膨張しながら硬くなり、日本刀独特の刃側が出っ張った湾曲を生む。棟の側は膨張が少なく硬度より靭性に富んだ鋼となり硬いが脆い刃側の鋼を支える機能を担う。
焼入れ
通常、刀匠は焼入れの時には作業場の照明を暗くして、鋼の温度をその光加減で判断する。土置きした刀身を火床に深く入れ、先から元まで全体をむらなく800℃程度にまで加熱する。加熱の温度は最も重要であり、細心の注意を払って最適の加熱状態を見極め、一気に刀身を水槽に沈め急冷する。刀身は前述の通り水の中で反りを生じ、十分な冷却の後に引き上げられ、荒砥石で研がれ焼刃が確認される。槍や剣などの諸刃の形状の場合は田楽炉という全体が均等に加熱できる専用の火床を用いる。
焼入れにより、刀の表面にはマルテンサイトと呼ばれる非常に固い組織が現れる。マルテンサイトの入り方によって、肉眼で地鉄の表面に刃文が丸い粒子状に見えるものを錵(にえ)または沸(にえ)と呼び、1つ1つの粒子が見分けられず細かい白い線状に見えるものを匂(におい)と区別する。

ちなみに冷却水の温度は摂氏10度から30度程度、油の場合は60度から80度程度である。

他の刃物類では、水以外にも油などで焼きを入れることがあり、日本刀の場合では戦中の軍刀などで行われたが、現在では油で日本刀に焼きを入れることは少ないと思われる。油で焼きを入れると急冷しないため刃切れなどの失敗は少ないが、水焼きよりも柔軟性のある鋼組織となる場合が多い。また、匂い出来となることが殆どである。ただしこれは焼き入れの技術に大きく左右される問題で、冷却剤の撹拌度合いによっては、油焼きで水焼きよりも硬く焼く事は可能である。斬れ味は別(居合道を別とすれば現代社会で刃物として使う機会は無いに等しい)としても、油焼きは刃紋に冴えを出せず美術工芸品を志向する現代刀には不向きだとされている[72]。なお、文部科学省の定める現代日本刀の定義は水焼きであるので、油焼きは銃刀法違法となる。
合い取り

これは焼戻しの工程で、炉の火の上で時間をかけて刀身を150度程度に熱する。これにより焼入れにより組成変化した鋼を安定化させ、靭性などが強化され刃こぼれなどの防止に役立つ。反りは横方向にも少し生じるので木の台で小槌を使い修正する。なかごも焼きなまして形を整える。

場合によってはこの後、熱した銅の塊で刀身をはさみ、棟焼きを取るなどの作業をする場合もある。

仕上げ

鍛冶押し(かじおし)
焼き入れを終了させた刀の反り具合を修正し、刀工が荒削りをする。この時に細かな疵や、肉の付き具合、地刃の姿を確かめながら最終的な調整を行う。
茎仕立て
茎(なかご)は銑ややすりで形を整え、柄(つか)をはめる時に使用する目釘穴を普通は1つ、幕末期の一部の刀や一部の槍や居合用の刀の場合2つ以上開ける。この後に刀工独自の鑢目(やすりめ、滑り止め目的)を加える。
樋掻き
樋(ひ)をいれる物はここで入れる。
下地研(したじとぎ)
地金と刃紋を主に砥石で研ぐ。
銘切り
刀工は最後に鑿(たがね)を使い、自らの名前や居住地、制作年などを茎に銘を切る。一般的に表(太刀や刀を身に付けた際、外側になる面)に刀工名や居住地を切り、裏に制作年や所持者名などを切ることが多いが、裏銘や無銘など例外もある。
仕上研(しあげとぎ)
地金と刃紋を研ぎ、磨き棒で鏡面加工する。帽子を「なるめ」加工する。

刀工が行う一通りの作業が終わり、これからは研師により最終的な研ぎを行うが、室町時代以前は刀工自ら研磨も行っていたといわれる。日本刀研磨で、他の刃物砥ぎと大きく相異する点としては、刃物としての切れ味を前提としつつ、工芸品としての日本刀の美的要素を引き出すことを主眼としている点、刃部のみで無く、刀身全体に砥ぎを施すことなどがあげられる。研磨の工程は、完成後のメンテナンス(主に取り)としても行われる。

この最終研磨ののち、別に製作された外装品と組み合わされ、日本刀が完成する。日本刀は刀工だけが造るものではなく、研師や鞘師、塗師、蒔絵師、金工師、白銀師などの職人によって初めて完成するものである[73]。それぞれの職人は、大きく以下の部分を担当する。

  • 刀工(とうこう):刀身を作る。「刀匠」、「刀鍛冶」とも呼ばれる。
  • 研師(とぎし):刀身の研ぎを行う。
  • 鞘師(さやし):鞘の作成を行う。
  • 白銀師(しろがねし):はばきや鍔などの金属部分を作成する。
  • 柄巻師(つかまきし):柄部分に紐を巻く。
  • 塗師(ぬりし)、蒔絵師(まきえし)、金工師(きんこうし):鞘や鍔などに装飾を施す。

注釈

  1. ^ 稀に奉納用の刀などで目釘孔がないものがあるほか、特に脇差短刀では平造りや菖蒲造りなども多い。
  2. ^ その他の例では、代の唐順之(1560年没)「日本刀歌」、王稗登(1612年没)の「楊伯翼贈日本刀歌」、代の陳恭尹(1700年没)、黄遵憲(1905年没)の「日本刀歌」などがある。
  3. ^ 刀剣メーカーのコールドスチールなどが製造している。
  4. ^ 日本最古といわれる観智院本。「後鳥羽院御字被召抜鍛冶十二月結番次第」という記述がある[27]
  5. ^ 正宗賞の受賞刀の解説文によると「均整のとれた力強い太刀姿や現代丁子とは明らかに異なる焼刃の古色さもさることながら、その映りである。備前伝を手掛ける多くの刀匠にとっては刃文と共に地鉄、ひいては乱れ映りの再現が長年の課題であったが、本作では随所に現れた地斑状の暗帯部によって乱れ映りが明瞭に形成され、古作に近い雰囲気を湛えるのに見事成功している。このことから映りの解明に向けて大きく前進したことは間違いなく、一つの到達点に達したと言え、革新的な功績として今回の受賞は称えられるべきである」としている(『刀剣美術』、平成26年6月号より)。
  6. ^ 『実戦刀譚』の著者である成瀬関次は、柄に使われる木材は朴が最も多く、その中でもくるいの少ない板目・柾目のしっかりしたモノを使うべきであり、若木、樹皮に近い部分、節目、逆目、木取の都合で斜になったモノは使ってはならないとしている。
  7. ^ 二つ纏めて縁頭とも呼ばれる。
  8. ^ 山本七平は「自身の経験に照らして日本刀で斬れるのは高々3人である」としている(『私の中の日本軍』より)。

出典

  1. ^ 刀剣類は、日本では古墳時代以前から製作されていた。
  2. ^ 三省堂大辞林第三版
  3. ^ 長巻薙刀などが含まれる。
  4. ^ 反りがあり刀身の片側に刃がある
  5. ^ a b c d 歴史 - 刀剣博物館
  6. ^ 魅力 | 刀剣博物館”. www.touken.or.jp. 2022年2月28日閲覧。
  7. ^ 歴史人 September 2020. pp.64-65. ASIN B08DGRWN98
  8. ^ 福永 1993, 2巻p. 61.
  9. ^ 福永 1993, 2巻pp. 30-33.
  10. ^ 近藤好和『弓矢と刀剣』吉川弘文館、121頁。
  11. ^ 清水克行『喧嘩両成敗の成立』講談社メチエ、14頁。
  12. ^ 二木謙一『図解 戦国合戦がよくわかる本 武具・組織・戦術・論功行賞まで』PHP研究所、70頁。
  13. ^ 久保田正志『日本の軍事革命』綿正社、28頁~30頁。
  14. ^ 小松安弘コレクションについて ふくやま美術館
  15. ^ 日本刀の刀匠・刀工「無鑑査刀匠」 名古屋刀剣ワールド.
  16. ^ <審査規程第17条第1項に基づく審査基準> 日本美術刀剣保存協会
  17. ^ “銃3つ、刃物12本、実弾 米乱射容疑者宅に大量の武器”. 朝日新聞. (2013年3月31日). http://www.asahi.com/international/update/0331/TKY201303310010.html 2013年3月31日閲覧。 [リンク切れ]
  18. ^ 会下 2007, p. 26.
  19. ^ 切刃造の大刀1口の他に鋒両刃造の2口があり、同じ特徴を持つ。
  20. ^ a b c 『金属が語る日本史』72p(斎藤努著、吉川弘文官出版、2012年初版)
  21. ^ 日本の歴史07『武士の成長と院政』 2001年 下向井龍彦 講談社 ISBN 4-06-268907-3
  22. ^ 杉浦良幸『日本刀物語』里文出版、2009年8月8日、110頁。ISBN 978-4-89806-329-3 
  23. ^ 図説・日本刀大全―決定版 34頁。
  24. ^ a b c d e f 得能一男 2007, p. 17.
  25. ^ 日本刀の格付けと歴史. 名古屋刀剣博物館「刀剣ワールド」
  26. ^ 鎌倉期の古名刀をついに再現 論説委員・長辻象平. 産経新聞、2017年7月2日
  27. ^ a b c d e 小泉富太郎 et al. 1966, p. 30.
  28. ^ a b 小泉富太郎 et al. 1966, p. 32.
  29. ^ a b c 得能一男 2007, p. 18.
  30. ^ 小泉富太郎 et al. 1966, p. 246.
  31. ^ a b 小泉富太郎 et al. 1966, p. 247.
  32. ^ a b c d e f g h i 得能一男 2007, p. 23.
  33. ^ a b c d e 小泉富太郎 et al. 1966, p. 31.
  34. ^ a b c 石井昌国 & 加島進 1966, p. 80.
  35. ^ a b 石井昌国 & 加島進 1966, p. 82.
  36. ^ 石井昌国 & 加島進 1966, p. 83.
  37. ^ a b 得能一男 2007, p. 24.
  38. ^ a b c d e f トマス・D・コンラン『図説 戦国時代武器防具戦術百科』原書房、88,93,96,102,103,64-67頁。 
  39. ^ a b c d e 近藤好和『騎兵と歩兵の中世史』吉川弘文館、113,129,200,201頁。 
  40. ^ a b c d e 『日本の武器と武芸』宝島社〈別冊宝島〉、2014年、58,59,78頁。ISBN 9784800228345NCID BB17643174全国書誌番号:22443306 
  41. ^ a b 日本甲冑史 上巻『中西立太』大日本絵画、84,85頁。 
  42. ^ a b c d e f g h i j k l 戸田藤成『武器と防具 日本編』新紀元社、18,28,79,113,89,117,110頁。 
  43. ^ 『武器事典』新紀元社、52,53,172,173頁。 
  44. ^ 臺丸谷政志『日本刀の科学』サイエンス・アイ新書、163頁。
  45. ^ a b 笹間良彦『イラストで時代考証2日本軍装図鑑 上』雄山閣、219頁。 
  46. ^ 『刀と真剣勝負』ワニ文庫、180頁。 
  47. ^ a b c 『イラストでわかる武士の装束』玄光社、58,66頁。 
  48. ^ 歴史人 2020年9月. p40. ASIN B08DGRWN98
  49. ^ 日本刀鑑賞のポイント「日本刀の姿」 名古屋刀剣博物館「刀剣ワールド」
  50. ^ a b c d e 戸部民夫『日本の武器・甲冑全史』辰巳出版、58,59,60,72頁。 
  51. ^ 『ビジュアルポーズ集 戦国甲冑武者のいでたち』新規現社、21頁。 
  52. ^ weblio. 半太刀拵
  53. ^ 稲田和彦 (2020) 図説・日本刀大全―決定版 (歴史群像シリーズ) p46 ISBN 978-4651200408
  54. ^ 舘充「わが国における製鉄技術の歴史」『鉄と鋼』第91巻第1号、日本鉄鋼協会、2005年、2-10頁、doi:10.2355/tetsutohagane1955.91.1_2ISSN 00211575NAID 110001457794 
  55. ^ 渡邉.住(2014), p. i, ii, 「はじめに」.
  56. ^ (天田、2004)、p.83
  57. ^ 丸本浩「「たたら製鉄法」の基礎研究と定量実験としての教材化<第2部 教科研究>」『中等教育研究紀要 /広島大学附属福山中・高等学校』第49巻、広島大学附属福山中・高等学校、2009年3月、259-264頁、doi:10.15027/32973ISSN 0916-7919CRID 1390009224854701568 
  58. ^ 渡邉.住(2014), p. 6.
  59. ^ 日本刀の歴史 新刀 刀剣ワールド
  60. ^ 日本刀鑑賞のポイント「日本刀の映りとは」. 刀剣ワールド
  61. ^ (天田、2004)、pp.12, 13,78
  62. ^ 渡邉.住(2014), p. 9.
  63. ^ 渡邉.住(2014), 「はじめに」のp.ii.
  64. ^ 不可能とされた名刀の地紋再現に成功 奈良・吉野の刀匠、刀剣界最高賞を受賞 産経WEST 2014年6月13日
  65. ^ 現代に生きる刀匠 河内國平さんに聞く 精神を強くするのが名刀 切れ味追求へ回帰 日本経済新聞 2015年7月25日
  66. ^ 日本刀名匠の眼力、武器にこそ潜む「本来の美」神が宿る武器「日本刀」(4) 日本経済新聞 2015年8月21日
  67. ^ 渡邉.住(2014), p. 10.
  68. ^ 日立金属「たたらの話」
  69. ^ 柴山光男著 『趣味の日本刀』 雄山閣 2002年6月20日発行、ISBN 4639010265
  70. ^ :備前長船刀剣博物館に関しての対談2”. Bizen Osafune touken Museum/Honshu-Shikoku Bridge Expressway Company. 2022年1月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年2月26日閲覧。
  71. ^ いろんな刃文を観てみる”. The Nagoya Japanese Sword Museum "Nagoya Touken World". 2021年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年2月26日閲覧。
  72. ^ JSTP編 『もの作り不思議百科』 コロナ社 1996年7月25日初版第3刷発行 ISBN 4-339-07668-6
  73. ^ a b c 歴史群像編集部編 『図解 日本刀事典』 学研 2006年12月26日第1刷発行 ISBN 4054032761
  74. ^ 三所物(目貫・小柄・笄)とは 名古屋刀剣ワールド
  75. ^ 差裏(kotobank)
  76. ^ 小泉富太郎 et al. 1966, p. 221.
  77. ^ a b 小泉富太郎 et al. 1966, p. 222.
  78. ^ a b c d e 小泉富太郎 et al. 1966, p. 223.
  79. ^ a b c d e f g h i 小泉富太郎 et al. 1966, p. 224.
  80. ^ a b c d e f 小泉富太郎 et al. 1966, p. 226.
  81. ^ 試し斬りについて
  82. ^ 田中普門『古流剣術』愛隆堂、1995年6月、119ページ。
  83. ^ 『最強!侍伝説-侍を遊び尽くす(別冊宝島(512))』宝島社、2000年6月、122ページ。
  84. ^ a b 汪楠. “「刀を振り下ろすと、ホースで水をまくように大量の血が…」なぜ私はヤクザの腕を日本刀で切り落としたのか”. 文春オンライン. 2021年4月7日閲覧。
  85. ^ a b c d e f g h i 『兵器と戦術の日本史』中公文庫、11-13-15-16-19-21-27-30-45頁。 
  86. ^ 近藤好和『武具の日本史』平凡社、99頁。 
  87. ^ 福永 1993, 3巻, p. 7.
  88. ^ 福永 1993, 3巻, p. 43.
  89. ^ a b 山本七平著 『私の中の日本軍』 文春文庫 1983年1月初版第1刷発行 ISBN 978-4167306014
  90. ^ a b 「刀と首取り」鈴木真哉
  91. ^ a b c d e f 鈴木眞哉『「戦闘報告書」が語る日本中世の戦場』洋泉社、48-67,129,137頁。 
  92. ^ a b c d e f g h i j k 横山雅始『ガチ甲冑合戦でわかった実戦で最強の「日本武術」』東邦出版、75,82,130,153,50頁。 
  93. ^ 日本刀が戦場で「主要な武器」になったことは一度もない! 殺傷率は「投石」以下
  94. ^ 『鉄砲と日本人』ちくま学芸文庫。 
  95. ^ 『謎とき日本合戦史』講談社現代新書。 
  96. ^ 『戦国軍事史への挑戦』洋泉社。 
  97. ^ 『戦国時代の大誤解』PHP文庫。 
  98. ^ 『戦国合戦のリアル』PHP文庫。 
  99. ^ 『武術の科学』サイエンスアイ新書。 
  100. ^ 『古武術・剣術がわかる事典』技術評論社。 
  101. ^ 『戦国の兵法者』学研新書。 
  102. ^ 『剣豪 その流派と名刀』光文社新書。 
  103. ^ 『名刀 その由来と伝説』光文社新書。 
  104. ^ 『知っているようで知らない戦国合戦(バトル)の戦い方』綜合図書。 
  105. ^ 『刀の日本史』講談社現代新書。 
  106. ^ 『軍事の日本史』本郷和人。 
  107. ^ 『リアル! センゴク読本』宝島社。 
  108. ^ a b 『刀と首取り』平凡社新書、80-89頁。 
  109. ^ 『刀と首取り』平凡社新書、97,98頁。 
  110. ^ a b c d 『刀と首取り』平凡社新書、74,114頁。 
  111. ^ a b 『日本刀図鑑 保存版』光芸出版、47,48頁。 
  112. ^ a b c 近藤好和『弓矢と刀剣』吉川弘文館、115,123-129頁。 
  113. ^ a b c 『図説・日本武器集成』学研、46頁。 
  114. ^ a b c d e f g 中西豪 大山格『カラー版 戦国武器甲冑事典』誠文堂新光社、12,17,28-36頁。 
  115. ^ a b c d e 『武具 ずかん』技術評論社、54,55,59頁。 
  116. ^ a b c d e 『戦闘技術の歴史5 東洋編』創元社、57,58頁。 
  117. ^ a b c d e f g h i j k l 『ビジュアルポーズ集 図説戦国甲冑武者のいでたち』新紀元社、39,63,65,43,7頁。 
  118. ^ a b c d e f g h i j 『最新研究でここまでわかった日本史通説のウソ』彩図社、132-135頁。 
  119. ^ a b c 『武器屋』新紀元文庫、80頁。 
  120. ^ 東郷隆『ビジュアル合戦雑学入門 甲冑と戦国の攻城兵器』大日本絵画、5頁。 
  121. ^ a b c 森瀬繚『ゲームシナリオのための戦国事典』SBクリエイティブ、130,131頁。 
  122. ^ a b c d e f g h i j k 山田勝, 造事務所『武器で読み解く日本史 : 弓、槍から日本刀、鉄砲、ゼロ戦まで』PHP研究所〈PHP文庫〉、2019年、101,108-110,103,111,27頁。ISBN 9784569769486NCID BB29123069全国書誌番号:23265115https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I029813300-00 
  123. ^ 須田武郎『中世騎士物語』新紀元文庫、200頁。 
  124. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 樋口隆晴『図解 武器と甲冑』ワン・パブリッシング、20-25,52-67頁。 
  125. ^ a b c d e f g h i j k l トマス・D・コンラン『日本社会の史的構造 南北朝期合戦の一考察』思文閣出版、417-439頁。 
  126. ^ a b 『騎兵と歩兵の中世史』吉川弘文館、96-101頁。 
  127. ^ a b c 『中世武士の勤務評定 南北朝期の軍事行動と恩賞給付システム』戎光祥出版、143-145頁。 
  128. ^ a b c d 『刀と真剣勝負』ワニ文庫、179-183頁。 
  129. ^ 笹間良彦『図説 日本戦陣作法辞典』柏書房、280頁。
  130. ^ a b c d e f g 『中世的武具の成立と武士』吉川弘文館、99-102,238-243頁。 
  131. ^ 『武士の日本史』岩波新書、126-138頁。 
  132. ^ 『歴史リアル 足利将軍15代』洋泉社ムック、96-99頁。 
  133. ^ a b c d e f g h i 『検証 長篠合戦』吉川弘文館、205-209頁。 
  134. ^ 『陸軍戸山流で検証する日本刀真剣斬り』並木書房、184,185頁。 
  135. ^ 渡辺誠. 刀と真剣勝負 日本刀の虚実. ワニ文庫 
  136. ^ 『イラストでわかる日本の甲冑』マール社、135頁。 
  137. ^ 「騎兵と歩兵の中世史」近藤好和
  138. ^ 吉丸雄哉. 新典社. 武器で読む八犬伝 
  139. ^ a b c d 『歴史REAL 足利将軍15代』洋泉社MOOK、97-99頁。 
  140. ^ http://sillok.history.go.kr/popup/viewer.do?id=wnb_12601001_003&type=view&reSearchWords=&reSearchWords_ime= 朝鮮王朝実録 "○宋經略進住安州, 提督李如松進兵坡州, 戰于碧蹄驛, 不利, 退住開城。 提督引大軍而南, 柳成龍先行促辦糧草, 幸不乏供。 臨津氷解, 乃從上流薄氷上, 聯葛索布籬, 作梁以渡軍, 列邑士民始從山谷出, 竭力搬運, 事皆隨辦。 提督徐行至坡州, 持重不前。 査大受與我將高彦伯, 領兵數百, 先行偵探, 至京城西, 遇賊於碧蹄驛南礪石峴, 斬百餘級。 提督聞之大喜, 獨與親丁騎兵千餘馳赴之, 令大軍繼發。 賊先伏大兵於峴後, 只數百人據峴示弱。 提督卽麾兵進, 賊自峴而下, 兵未交, 賊兵猝起於後, 結陣山上, 幾萬餘。 天兵短劍、騎馬, 無火器, 路險泥深, 不能馳騁, 賊奮長刀, 左右突鬪, 鋒銳無敵。 提督麾下李有升及勇士八十餘人被砍死, 提督使査大受殿後, 奪路而出, 大軍繼至, 賊望見還走。 提督暮還坡州, 召李有升壻王審大, 拊背慟哭曰: "好男兒, 爲我死也。" 提督欲退住東坡, 柳成龍、兪泓、金命元等, 叩帳請見曰: "勝負, 兵家常事, 當觀勢更進, 奈何輕動?" 提督曰: "昨日吾軍無不利事, 但此地經雨泥濘, 不便住軍, 所以欲還東坡, 休兵更進耳。" 遂退陣東坡。 明日退住開城, 成龍等力爭不聽, 獨留査大受領兵數百, 與柳成龍守臨津。"
  141. ^ a b c d e f g h i j 『長篠合戦と武田勝頼』吉川弘文館、160-164頁。 
  142. ^ a b c d 『日本刀が語る歴史と文化』雄山閣、127-144,149-165頁。 
  143. ^ a b 『武器と防具 中国編』新紀元社、43,44頁。 
  144. ^ 『中国武術史 先史時代から十九世紀中期まで』技芸社、392-408頁。 
  145. ^ 此自倭犯中國始有之。彼以此跳舞、光閃而前、我兵已奪氣矣。倭善躍、一迸足則丈餘、刀長五尺、則丈五尺矣。我兵短器難接、長器不捷、遭之者身多兩斷、縁器利而雙手使、用力重故也。今如獨用則無衛、惟鳥銃手賊遠發銃、賊至近身再無他器可以攻刺、如兼殺器則銃重藥子又多、勢所不能、惟此刀輕而且長、以備臨身棄銃用此。況有殺手當鋒、故用長刀備之耳。
  146. ^ 田中建夫『対外関係と文化交流』(思文閣出版、1982年)348頁
  147. ^ 『中国武術史大観』国書刊行会、381頁。 
  148. ^ 『図説 日本武道辞典』柏書房、329頁。 
  149. ^ 『ビジュアル版 中世騎士の武器術』新紀元社、100頁。 
  150. ^ 『マキアヴェリ戦術論』原書房、141,142頁。 
  151. ^ 『戦国時代大図鑑』洋泉社、48頁。 
  152. ^ 『図解 戦国武将』新紀元社、114頁。 
  153. ^ 西股総生『戦国の軍隊』角川ソフィア文庫、76頁。 
  154. ^ 榎本秋『戦国武将の戦術論』ベストセラーズ、47頁。 
  155. ^ 『歴史群像アーカイブVOL.6 戦国合戦入門』学研、4-7,45頁。 
  156. ^ a b c 『日本の軍事革命』錦正社、14,30頁。 
  157. ^ 『雑兵物語』ちくま文庫、49頁。 
  158. ^ 0005.大坂の陣 名場面10選【終了】”. 「大坂冬の陣図屏風」デジタル想定復元公式. www.girafficthemes.com. 2024年2月5日閲覧。
  159. ^ 大波篤司『図解 近接武器』新紀元社、22頁。 
  160. ^ 汪楠. “「50人を土下座させ、1人ずつ木刀で腕、指、歯を折る。そして橋から…」半グレ集団「怒羅権」元幹部が語る喧嘩の作法”. 文春オンライン. 2021年4月7日閲覧。
  161. ^ 和田哲也「居合の成立と技法的変遷に関する一考察」(1981年、武道学研究14-1、筑波大学)p.27-35
  162. ^ 近藤好和『武具の日本史』平凡社新書、2010年8月10日、70ページ。
  163. ^ 藤木久志『戦国の村を行く』朝日撰書、1997年6月1日、101ページ、102ページ
  164. ^ Sendai, 仙台市役所 City of. “主な収蔵品 3 武器・武具”. 仙台市役所 City of Sendai. 2021年3月15日閲覧。
  165. ^ 刀が武将の褒美になったのは命が本当に危ない時のみ抜くから, NEWSポストセブン, 2020年3月2日
  166. ^ 清水克行『喧嘩両成敗の誕生』講談社撰書メチエ、2006年。
  167. ^ 尾脇秀和『刀の明治維新 - 「帯刀」は武士の特権か?』(吉川弘文館, 2018年) pp.97, 160
  168. ^ 内田疎天『大日本刀剣新考』岡本偉業館、1937年)pp.1-2
  169. ^ a b c d 本阿弥光遜『日本刀大観 上巻』(日本刀研究会、1942年)pp.2-8
  170. ^ 渡辺誠『刀と真剣勝負 日本刀の虚実』(KKベストセラーズ、2016年)1頁
  171. ^ 富山の魅力が満載「“アート&文化”お勧め おでかけ とやま旅」後編, トラベルWatch, 2017年4月21日
  172. ^ ドキュメンタリー映画『日本刀 ~刀剣の世界~』(監督 : 大内達夫、2016年)より
  173. ^ サムライの芸術・日本刀と国宝刀剣の間, 東京国立博物館, 2022年12月2日
  174. ^ 鈴木眞哉『刀と首取り 戦国合戦異説』(平凡社、2000年)103頁
  175. ^ 佐藤貫一『日本名刀物語』(河出書房、2019年(1962年初出))
  176. ^ 藤安将平刀匠の講話 2. 本来、刀とは何か, 建勲神社.
  177. ^ 『太陽 第471~474号』(平凡社、2000年)p.76(三輪龍作著)
  178. ^ 『禅文化 第51~62巻』(禅文化研究所、1969年)p.66
  179. ^ 新渡戸稲造/前田信弘 編訳『武士道 ぶれない生きざま』(日本能率協会マネジメントセンター、2017年)
  180. ^ 福田博同「日本刀鑑定用語:どうコミュニケーションしてきたか」『コミュニケーション文化』第11巻、跡見学園女子大学、2017年3月、142-143頁、ISSN 1881-8374CRID 1050845762751132544 
  181. ^ 「新作日本刀証明証」発行の背景, 公益財団法人 日本刀文化振興協会
  182. ^ 刀を持つ本来の意味, 日本の技博物館, 日本職人名工会
  183. ^ 日本の技文化見聞塾, p.21, 日本職人名工会
  184. ^ 当代随一の刀匠、吉原義人が語る「名刀」の条件とは, 中川政七商店の読みもの, 2019年1月12日
  185. ^ ルイス・フロイス/松田毅一・川崎桃太『完訳フロイス日本史: 大友宗麟篇 I. ザビエルの来日と初期の布敎活動』(中央公論新社、2000年)198頁
  186. ^ a b c 「国立歴史民俗博物館研究報告 第 140 号」(国立歴史民族博物館、2008年)106-114頁
  187. ^ 『オランダ王室 知られざるロイヤル・コレクション』(毎日新聞社、2000年)207頁
  188. ^ 松田毅一『南蛮人の日本発見』(中央公論社、1982年)138頁
  189. ^ 研究代表者 原田あゆみ, 小西郁, 鶴岡圭子『タイにおける異文化の受容と変容 : 13世紀から18世紀の対外交易品を中心として』 平成24~26年度科学研究費助成事業基盤研究(B)研究成果報告書、領域番号:24401020、九州国立博物館、2016年。 NCID BB27591419https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-24401020/ 
  190. ^ 短刀と鞘, ROYAL COLLECTION TRUST
  191. ^ 松田毅一『南蛮史料の発見 よみがえる信長時代』(中央公論社、1964年)21頁
  192. ^ 高見茂『続・吉備の国から 地域への思いを込めて』(吉備人出版、2008年)133頁
  193. ^ 『外交時報 第1091~1101号』(外交時報社、1972年)33頁
  194. ^ 『世紀を越えて 報知新聞百二十年史 : 郵便報知からスポーツ報知まで』(報知新聞社、1993年)223頁
  195. ^ a b 長田謙一『国際シンポジウム 戦争と表象/美術 20世紀以後記録集』(美学出版、2007年)
  196. ^ a b 【富岡八幡宮殺傷事件】日本刀は誰でも所持することができるのか, Yahoo!ニュース, 2017年12月9日
  197. ^ a b c d GHQの刀剣接収騒動とは?赤羽刀の顛末と日本美術刀剣保存協会設立の経緯を徹底解説, 和樂, 2020年6月17日
  198. ^ プーチン露大統領から安倍首相に贈られた日本刀を17日から初公開 大刀剣市で, 産経ニュース(2017年11月16日)
  199. ^ 【日本刀の美の壺】日本刀鑑賞の要点






日本刀と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「日本刀」の関連用語

日本刀のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



日本刀のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの日本刀 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS