ロイコクロリディウム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/31 07:25 UTC 版)
この記事の項目名には「ラテン語発音とドイツ語発音のどちらを音写したかの違い」により以下のような表記揺れがあります。 (議論1,議論2)
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ロイコクロリディウム Leucochloridium | ||||||||||||||||||||||||
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分類 | ||||||||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||||||||
Leucochloridium Carus, 1835 [1] | ||||||||||||||||||||||||
和名 | ||||||||||||||||||||||||
ロイコクロリディウム | ||||||||||||||||||||||||
英名 | ||||||||||||||||||||||||
Leucochloridium | ||||||||||||||||||||||||
下位分類(種) | ||||||||||||||||||||||||
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名称
学名
属名の第1構成要素である "leuco-" は、「白い…」を意味するギリシア語系トランスリンガル (en) [注 1]の "leuko-" をラテン語形に変換した接頭辞(英語接頭辞 "leuco-" と同根語)であり、これらは「白い」を意味する古代ギリシア語 "λευκός(ラテン翻字:leukós、日本語音写例:レウコス)" に由来する。
属名の第2構成要素 "chlor-" は "chloro-" と同根で「緑色…」を意味し、「ペールグリーン(■)」や「淡緑色」を意味する古代ギリシア語 "χλωρός(ラテン翻字:khlōrós、日本語音写例:クローロス)" を語源としている。
属名の第3構成要素 "-idium" は、トランスリンガルな生物学[注 2]固有名詞作成用接尾辞[注 3]であり、特に小さなものに用いる表現で、これも古代ギリシア語の指小辞である "-ίδιον(ラテン翻字:-ídion、日本語音写例:イディオン)" に由来する。
つまり、本属の学名(属名)は「白くて緑色(または、淡緑色)の小さき者(または、ちっぽけな者)」と翻訳できる。
- 語源学的解説チャート[ New Latin : Leucochloridium < leuco- (=of white) + chlor- (=of green, of pale green) + -idium (=... small one) ]
和名
分類学が絶対的基準としている「学名(生物学名)」は、個々の名称が何語に由来していようとも「ラテン語(新ラテン語)の語形をとる」のが規定となっている。その基準どおりに本属の学名 Leucochloridium のラテン語発音を日本語音写すれば「レウコクローリディウム」となる。その意味で、この音写形は「正統」な和名である。博物学者カール・フォン・リンネは、「学術上の生物名はラテン語形で統一表記する」ことから分類学の基礎を築いていったのであり、そうであれば、ラテン語発音に準じるのが学術的には正統なのである[注 4]。なお、長音を省略する慣習に沿えば「レウコクロリディウム」になる。
しかしながら、実際の分類学では、この正統性は完全に無視されており、各国言語で好きなように発音されていて、日本語も例外ではない。21世紀日本の文献(学術論文も一般誌も含む)およびインターネット上で多く見られる、本属の学名の音写形は「ロイコクロリディウム」である。こちらはドイツ語の発音を音写したものであり、"Leu" の部分のみ、ラテン語音写形と語形が異なり、さらには長音省略の慣習に沿った形でもある。後者(ドイツ語音写形)がいつごろ普及し始めたのかを確かめるのは困難であるが、この音写形でなければ通用しないほどに普及した。ここで、和名の話になるが、いくつあってもかまわない和名[注 5]の中で最も尊重されるべき一つを「標準和名」と呼び、それは研究者達が「学会で決まった」という形で定めることもあるが、「その時代に最も通用している和名」を標準と見做す慣習も一方にはあるわけで、それで行くと、この寄生虫の標準和名は「今この時に最も通用している『ロイコクロリディウム』である」という主張に一理があることになる。よって、本項でもこの名称を標準和名と捉えて優先的に記述している。ただし、それで「レウコクロリディウム」が「正しくない」ということにならない[注 6]のは、前段で述べたとおりである。
生態
一般に寄生虫というのは、中間宿主にこっそり隠れており、最終宿主がこれを気付かず食べることが多い。しかし、ロイコクロリディウムは、最終宿主に食べられるよう積極的に中間宿主を餌に似せるところに特徴があり、すなわちこの特徴は攻撃擬態(aggressive mimicry) の一種である。
この吸虫の卵は鳥の糞の中にあり、カタツムリが鳥の糞を食べることでカタツムリの消化器内に入り込む。カタツムリの消化器内で孵化して、ミラシジウムとなる。さらに中に10から100ほどのセルカリアを含んだ色鮮やかな細長いチューブ形状のスポロシスト(ブルードサック〈broodsac〉と呼ばれる)へと成長し、カタツムリの触角に移動する[2]。なお、ブルードサックは1つの寄生虫ではなく、動かない粒状のセルカリア(幼虫)を多数内包した筋肉の袋にしか過ぎない。また、このイモムシ状のブルードサックは宿主が死ななければ、多数(10前後)見つかる場合がある[3]。
袋であるブルードサックは激しく脈動するが、その運動方法や制御方法はまだ分かっていない。ブルードサックが触角に達すると、異物を感じたカタツムリは触角を回転させて、その触角が、あたかも脈動するイモムシのように見える。このような動きを見せるのは主として明るい時であり、暗いときの動きは少ない[4]。また、一般のカタツムリは鳥に食べられるのを防ぐために暗い場所を好むが、この寄生虫に感染したカタツムリは、おそらく視界が遮られることが影響して[5]、明るい所を好むようになる。これをイモムシと間違えて鳥が捕食し、鳥の消化器内でブルードサックからセルカリアが放出され、成虫であるジストマ(吸虫)へと成長する。つまり、カタツムリは中間宿主であり、鳥が最終宿主である。
本属のジストマは、扁形動物らしく長く扁平な体をしており、腹に吸盤がある。鳥の直腸に吸着して暮らし、体表から鳥の消化物を吸収して栄養としている。無性生殖が可能であるが、雌雄同体で交尾もできる。鳥の直腸で卵を産み、その卵は糞と共に排出され、またカタツムリに食べられることで生活環を完成させる[6]。
日本では、旭川医科大学の研究により、北海道からL. perturbatum と L. paradoxum が(1980年代から頻繁に)発見されており[7]、前者は内陸部に、後者は沿岸部に多くの分布が見られる[7]。また、沖縄本島の豊見城[3]からは未記載種が発見されており[7]、近隣の台湾で発見されている L. passeri とほぼ同種である[7]。
注釈
- ^ 「トランスリンガル」とは、第1義には、「複数の言語で存在する」または「多くの言語で同じ意味を持つ」ことを意味する。「トランスリンガル」について、インターネット上にはここでの用法とは違った語義で説明しているものが散見されるので、注意すること。
- ^ 生物学、解剖学、化学など。
- ^ cf. Wikt:en:Category:Translingual words suffixed with -idium
- ^ ラテン語形は規定であるが、ラテン語発音すべきとの規定は存在せず、あくまで、それが「道理だ」ということ。
- ^ よく勘違いされているが、和風の名称のみが和名ではない。例えば「ティラノサウルスの和名は『暴君竜』だ」という解説があるとすればそれは間違いで、「ティラノサウルス」が現在の標準和名であり、「ボウクンリュウ」は和名の一つ、「暴君竜」は「ボウクンリュウ」の漢字表記にすぎない。また、古くは「チラノザウルス」が標準和名であった。
- ^ この議論はインターネット上でも散見されるが、いずれかを「正しい」とする回答は、それこそが間違いである。学会が標準和名を決定しない限り、「学会が認めているという意味での“正式な”和名」は存在しないのであり、「いずれが正しいのか」という問いは意味を成さない。「分類学の父リンネの意図に沿っているか無視しているか」の違いと、「どれだけ通用しているか」という観点で「優勢と劣勢」があるのみである。なお、和名(生物の和名)の場合、ズブの素人や分類学には精通していても言語には無頓着な人が、何語の音写でもないテキトーな語感で矛盾だらけの名付けをしてしまい、それが普及してしまうというカオスな現象が頻繁に起きているのであり、本属の「ロイコクロリディウム」もその一例である可能性があることを書き添えておく(本属の研究先進国ドイツの言語に倣った可能性がある。今でもこういうこと、すなわち、当該生物種の原産国や研究先進国の言語発音に準拠しようとする研究者はおり、学名の読み方にカオスを持ち込んでいる。)。
- ^ 例えば、y を「ィュ」、ry を「リュ」と読むのは原音準拠、y を「イ」、ry を「リ」と読みやすく変えているのが慣習的音写形。また、v を u と区別せずに「ウ」と読むのは古典発音で、区別して「ヴ」と読むのは中世以降の発音。
出典
- ^ a b Carus (1835).
- ^ 佐々木 20190702.
- ^ a b 佐々木 20190724.
- ^ Robinson Jr. (1947).
- ^ Wesołowska et Wesołowski (2013).
- ^ Animal Diversity Web[1]
- ^ a b c d e f g Nakao et al. (2019).
- ^ a b c d Bakke (1980).
- ^ a b Casey et al. (2003).
- ^ Ataev et al. (2016).
- ^ a b c Castillo et González (2021).
- ^ a b Fried, Lewis Jr. et Beers (1995).
- ^ Barger et Hnida (2008).
- ^ Bakke (1982).
- ^ Burky et Hornbach (1979).
- ^ Fried, Beers et Lewis Jr. (1993).
- ^ Nolan, Thomas J. (2009年6月). “Parasites of the Robin” (英語). University of Pennsylvania. 2010年7月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2022年8月8日閲覧。
- 1 ロイコクロリディウムとは
- 2 ロイコクロリディウムの概要
- 3 分類
- 4 関係者
- 5 記載論文
- 6 脚注
固有名詞の分類
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