バルバドス 国名

バルバドス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 03:37 UTC 版)

国名

正式名称は、英語でBarbados [bɑrˈbeɪdɒs, bɑrˈbeɪdoʊs] ( 音声ファイル)(バーベイド(ウ)ス)。

日本語の表記は、バルバドス漢字表記巴巴多斯など。

国名は、ポルトガル語Os Barbadosの生えたもの)から来ている。理由は諸説あり、この島に生えている木の根が鬚のように見えたからという説、この木に生えたが鬚のように見えたからという説、木から垂れ下がった草が鬚のように見えたからという説など。

歴史

先コロンブス期

ヨーロッパ人の到来以前、この島には南米ギアナ地方から、アラワク族インディオシボネイ族が移住していた。その最古の移住者が訪れたのは4世紀半ばと考えられている。その後、好戦的なカリブ族にたびたび襲撃された。

植民地時代

ムラートの女性(18世紀
  • 1500年 スペイン人がこの島に渡来。スペイン人はこの島を植民地化はしなかったが、その間、全ての先住民を奴隷としてイスパニョーラ島で強制労働させた。そのため、バルバドス島は無人島化してしまった。
  • 1536年 ポルトガルの航海者ペドロ・カンポスが、バルバドス島に上陸した。その後、スペインによる奴隷制プランテーション農園が開設されたが、やがて放棄された。
  • 1625年 イギリス王チャールズ1世からカーライル伯ジェームズ・ヘイに、バルバドス島の独占所有権を含む植民地経営の特許状が下される[8]。植民地経営は軌道に乗り、1629年の末にはおよそ3000人の入植者が小アンティル諸島のカーライル伯領に入植していた。
  • 1638年 カーライル伯の死亡とともに、王領植民地となる[9]
  • イングランドの統治が始まってからは、1650年代にブラジル北東部からオランダ領ブラジル英語版が消滅して追放された元オランダ東インド会社オランダ人農園主によって、マデイラ諸島からブラジルに導入されてエンジェニョ英語版(砂糖プランテーション)で培われたサトウキビの生産技術が導入され、カリブ海諸島で初となるサトウキビプランテーションがイギリス人の農園主によって経営された。当初は、イングランドの植民地となっていたアイルランドなどからの白人年季奉公人によってプランテーションが担われていたが、さらに安い労働力を大量に確保するため、最終的にはアフリカから黒人奴隷が連れてこられ、強制労働をさせられた。黒人奴隷が島の経済を支えていたが、1834年に奴隷制は廃止された。
  • 1657年 入植者による本国政府に対する反乱が発生し、派遣された艦隊によって海上封鎖が行われる[9]
  • 1834年 奴隷制の廃止
  • 1930年代 それまでイギリス人農園主などに独占されていた政治に対し、かつての奴隷の子孫からの参加要求が高まった。
  • 1937年 黒人暴動が起こり、イギリス政府に結社の自由、労働組合の結成を認めさせた。
  • 1938年 グラントリー・ハーバート・アダムズ英語版がバルバドス労働党を設立した。

その後、民主化は更に進行。

  • 1939年 最初の自治議会が開設される。
  • 1951年 普通選挙制が導入され、1961年には広範な自治権を獲得。
  • 1958年 西インド連邦を結成し、周辺のカリブ海諸島のイギリス植民地と合同での独立を志向した。初代首相にはバルバドス自治政府でも初代首相を務めたグラントリー・ハーバート・アダムズ英語版が就任し、各植民地で独立のための住民投票を行ったが、ジャマイカの離脱などで連邦は瓦解。
  • 1962年 再び単独でイギリスの自治領に復帰。
  • 1966年11月30日 イギリス連邦加盟国かつ英連邦王国として独立を達成。

独立以後

独立後、初代首相には、民主労働党のエロール・バロー英語版が就任した。民主労働党政権は穏健な中道路線を取り、他のカリブ海諸国が経験した政治的混乱を回避した。また、観光開発に力を入れ、安定的な経済成長を実現した。

1976年からはバルバドス労働党が政権を組織したが、1986年の選挙で民主労働党のバローが再び首相に就任した。1994年の総選挙でバルバドス労働党が勝利し、以来1999年2003年の総選挙でも勝利した同党のオーウェン・アーサー英語版党首が首相を3期務めた。2008年の総選挙では民主労働党が14年ぶりに政権を奪還し、バローの後継として同党を率いたデイヴィッド・トンプソンが首相に就任した。

2020年9月、バルバドス政府は英連邦王国を脱退し、大統領を元首とした共和制へ移行することを発表。2021年8月21日、ミア・モトリー首相は初代大統領に現職の総督サンドラ・メイソンを指名し、メイソンもこれに同意した。共和制に移行する2021年11月30日の独立記念日が就任日と定められ[7]、また憲法改正は2022年1月以降に行うことが併せて発表された[10]

2021年11月30日、独立から55年目を迎え、エリザベス女王君主とする立憲君主制を廃止し、共和制に移行する式典が開かれた。イギリス連邦にはとどまる[11]。来賓にチャールズ皇太子(のちのチャールズ3世)や[12]、同国出身の歌手リアーナも招かれ、リアーナはミア・モトリー首相から「国家の英雄」の勲章を受けた[13][14]

政治

国会議事堂

バルバドスは共和制であり、大統領元首の地位にある。2021年11月までは立憲君主制英連邦王国の一員であり、元首はバルバドス国王イギリス国王兼位)で、総督がその代理を務めていた。同月30日に君主制廃止を行い、共和制に移行したが、引き続きイギリス連邦には留まっている。

行政権首相および内閣にあり、首相は通常、下院における多数党の党首が選出される。立法権両院制議会によって担われ、下院は定数30名で、5年ごとに改選。上院は定数21名で、君主制時代には首相が12名、総督が7名、野党党首が2名を任命していた[15][16]

主な政党は、バルバドス労働党と民主労働党であり、二大政党制が確立している。どちらの党も中道左派の政党であるが、バルバドス労働党は民主社会主義、民主労働党は社会民主主義を掲げており、位置付けは微妙に異なる。

また、トリニダード・トバゴとは、領海に関する境界画定問題を抱え、対立している。2005年4月にはアーサー首相が「トバゴはトリニダードよりバルバドスと連合を組んだ方が良い。歓迎する」と発言し、トリニダード・トバゴ政府から抗議を受けた。


  1. ^ a b Barbados”. 中央情報局 (2021年8月18日). 2021年8月22日閲覧。
  2. ^ a b c Report for Selected Countries and Subjects: October 2020”. 国際通貨基金 (2020年10月). 2021年8月22日閲覧。
  3. ^ Life expectancy at birth, total (years) - Barbados” (英語). 世界銀行. 2022年8月16日閲覧。
  4. ^ Life expectancy at birth, male (years) - Barbados” (英語). 世界銀行. 2022年8月16日閲覧。
  5. ^ Life expectancy at birth, female (years) - Barbados” (英語). 世界銀行. 2022年8月16日閲覧。
  6. ^ バルバドス、英女王元首の君主制廃止へ 来年11月に共和制移行”. AFP (2020年9月17日). 2020年9月16日閲覧。
  7. ^ a b “Governor General Dame Sandra Mason to become first president of Barbados”. Barbados Today. (2021年8月21日). https://barbadostoday.bb/2021/08/21/governor-general-dame-sandra-mason-to-become-first-president-of-barbados/ 2021年8月22日閲覧。 
  8. ^ モリソン 1997, pp. 135–138.
  9. ^ a b モリソン 1997, pp. 213–221.
  10. ^ Governor General Dame Sandra Mason to become first president of Barbados”. Bardos Today (2021年8月21日). 2021年8月22日閲覧。
  11. ^ バルバドス、共和国に移行 英女王の君主制を廃止」『BBCニュース』。2021年12月29日閲覧。
  12. ^ チャールズ皇太子、英女王の君主制廃止のバルバドスで演説 「奴隷制度は残虐だ」 (2021年12月1日)”. エキサイトニュース. 2021年12月29日閲覧。
  13. ^ Sanchez, Chelsey (2021年12月1日). “リアーナ、祖国バルバドスの「国家の英雄」になる!”. Harper's BAZAAR. 2021年12月29日閲覧。
  14. ^ Lalljee, Jason (2021年12月16日). “ベーシックインカム導入、リアーナを「国民の英雄」に…共和制移行のバルバドス”. www.businessinsider.jp. 2021年12月29日閲覧。
  15. ^ The Senate”. バルバドス議会. 2022年11月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月26日閲覧。
  16. ^ 「バルバドス」『世界年鑑2016』(共同通信社、2016年)358頁。
  17. ^ Graeme Hall Swamp | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2005年12月12日). 2023年4月20日閲覧。
  18. ^ 服部 幸應・服部 津貴子『アジアのお菓子(2)』岩崎書店、2005年4月10日、43-45頁。ISBN 9-7842-6503-622-6 
  19. ^ WG Grace and Shane Warne in Wisden all-time World Test XI BBC. 2020年6月20日閲覧。
  20. ^ Pariser 2000, p. 170([1]).






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