直江津とは? わかりやすく解説

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なおえつ〔なほえつ〕【直江津】

読み方:なおえつ

新潟県上越市地名。旧直江津市日本海面し古くからの交通要地戦国時代には上杉氏春日山城城下町江戸時代には高田外港として発展。現在は工業が盛ん。


直江津

読み方:ナオエツ(naoetsu)

所在 新潟県(JR信越本線)

駅名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

直江津市

(直江津 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/26 10:14 UTC 版)

なおえつし
直江津市

直江津市章
廃止日 1971年4月29日
廃止理由 新設合併
直江津市高田市上越市
現在の自治体 上越市
廃止時点のデータ
日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
市町村コード 15214-5
面積 106.31km2.
総人口 45,357
国勢調査1970年
隣接自治体 高田市、新井市名立町三和村頸城村大潟町
直江津市役所
所在地 新潟県直江津市直江津(江戸期の今町)[1]
座標 北緯37度10分30秒 東経138度14分43秒 / 北緯37.17492度 東経138.24525度 / 37.17492; 138.24525座標: 北緯37度10分30秒 東経138度14分43秒 / 北緯37.17492度 東経138.24525度 / 37.17492; 138.24525
直江津市の地図
ウィキプロジェクト

直江津市(なおえつし)は、かつて新潟県西部(上越地方)にあった。現在の上越市北部に相当する。

律令時代には越後国国府国分寺五智国分寺)が置かれた。親鸞配流された地として、また森鷗外の『山椒大夫』の舞台として知られる。

歴史

アメリカ陸軍地図局による新潟県直江津市の地図。1945年版。

古代・中世

  • 706年(慶雲3年) 越後国国府が置かれる[2]
  • 741年(天平13年) 越後国の国分寺五智国分寺)が建立される[2]
  • 762年(天平宝字6年) - 水門都宇(直江津)の名が初めて文書に登場する[2]

近代以後

  • 1878年(明治11年)8月 - 今町を直江津に名称を変更する[3]
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、中頸城郡直江津町、高崎新田、塩谷新田村、砂山村、八幡村、至徳寺村、安国寺村、轟木村及び春日新田の区域の一部、中頸城郡直江津町(なおえつまち)が発足する。
  • 1947年(昭和22年)10月12日 - 昭和天皇の戦後巡幸。信越化学工場などを視察後、雲雀ヶ丘にて奉迎が行われた[4]
  • 1954年(昭和29年)6月1日 - 中頸城郡八千浦村有田村諏訪村の区域の一部及び保倉村を編入する。同日、市制施行して、直江津市となる。
  • 1955年(昭和30年)
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 直江津市及び中頸城郡大瀁村の区域の境界を変更する。
  • 1958年(昭和33年)4月1日 - 高田市の区域の一部を編入する。
  • 1963年(昭和38年)8月1日 - 高田市及び直江津市の区域の境界を変更する。
  • 1968年(昭和43年)5月1日 - 直江津市及び中頸城郡頸城村の区域の境界を変更する。
  • 1970年(昭和45年)2月1日 - 高田市及び直江津市の区域の境界を変更する。
  • 1971年(昭和46年)
    • 4月27日 - 直江津市解散式[5]
    • 4月29日 - 高田市及び直江津市が合併して、上越市が発足する。

行政

歴代市長

氏名 就任 退任 備考
1 川澄農治 1954年(昭和29年)6月1日 1955年(昭和30年)2月 旧直江津町長、辞職
2 柳沢徹隆 1955年(昭和30年)4月30日 1962年(昭和37年)4月
3 佐藤策次 1962年(昭和37年)7月 1971年(昭和46年)4月28日 廃止

教育

高等学校

西尾維新によるファンタジー小説『化物語』には私立直江津高校という高校が登場するが、実在する高校ではない。

交通網

1940年に完成した直江津駅舎

近代においては鉄道と海上交通の双方において直江津は要衝の地にあった[2]

港湾

鉄道

娯楽

  • 直江津銀座劇場 - 映画館(天王町)[6]
  • 直江津第一劇場 - 映画館(天王町)[6]
  • 直江津東映 - 映画館(住吉町)[6]

名所・旧跡・観光スポット

五智国分寺

出身著名人

脚注

  1. ^ 『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(1989年10月8日、角川書店発行)938頁。
  2. ^ a b c d 直江津について 直江津地区連合青年会
  3. ^ 『上越市史 通史編5 近代』(2002年3月31日、上越市発行)年表14頁。
  4. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、97頁。ISBN 978-4-10-320523-4 
  5. ^ 『上越市史 通史編6 現代』(2003年3月31日、上越市発行)年表19。
  6. ^ a b c 『映画年鑑 1960年版 別冊 映画便覧 1960』時事通信社、1960年

参考文献

  • 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

関連項目

外部リンク


直江津(上越市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 15:15 UTC 版)

日本の人名地名一覧」の記事における「直江津(上越市)」の解説

諸説中に豪族直江氏由来するという説がある。地名として南北朝から室町時代成立の『義経記』等に登場しており、直江氏のほうが地名から来ているとも。

※この「直江津(上越市)」の解説は、「日本の人名地名一覧」の解説の一部です。
「直江津(上越市)」を含む「日本の人名地名一覧」の記事については、「日本の人名地名一覧」の概要を参照ください。

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