600番台
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「国鉄DD13形ディーゼル機関車」の記事における「600番台」の解説
300番台の重連総括制御対応版である。台車には300番台と同様の変更が加えられて台車形式がDT113形からDT113E形に変更になったため、新たに600番台に区分されたもの。他に変更はない。 1966年から翌年にかけて51両が製造された。
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600番台
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1983年(昭和58年)度にクモハ100形・モハ100形各1両を種車に2両が改造製作された。狭小断面トンネルがある身延線での使用を考慮して、最低作用高さの低いPS23形パンタグラフが搭載され、さらにその取付部の屋根の高さが20 mm低い3,960 mmとなっている。 クモヤ145形600番台 新旧番号対照車両番号種車改造所改造竣工落成配置クモヤ145-601 モハ100-806 広島 1983年11月9日 沼津 クモヤ145-602 クモハ100-163 幡生 1984年3月29日 豊橋 国鉄分割民営化後は、601は静岡運転所、602は豊橋電車区に配置されていたが、1988年(昭和63年)に2両ともクモハ123形600番台に改造されて廃区分番台となった。
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600番台
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JR東海により、1988年3月に牽引車のクモヤ145-601・602から改造された。同時期登場の愛知環状鉄道100形に類似した両端部と中央部に扉を設けた3扉構造となっており、種車の前面にあった貫通扉は2両連結した時に幌で貫通路が構成できるように改造された。 改造当初は非冷房であったが、1988年12月に集約分散式冷房装置(C-AU711A形2基)が搭載された。冷房電源は既存の電動発電機 (MG) からの供給とされたため、改番はされていない。1990年にワンマン運転設備が設置された。 2007年5月に601、同年6月に602が廃車され、区分消滅している。
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600番台
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「銀河鉄道物語の非戦闘列車」の記事における「600番台」の解説
※ 特急列車のアルタ線(637)、急行列車のアウロラ環状線(659)は名前のみ設定。名称は不明だが、色の異なるカイトス・シグマ線(620)が624号として存在する。 パルサー・エクスプレス(610) フジ(610) パルサー・エクスプレスから改名後の設定。観光用に用いられる、前面に展望座席、側面に展望窓を備えたお座敷列車である。見た目は若干、パノラマカーに類似している。 カイトス・シグマ線(620) ズベン環状線(630) ファットオレンジ(633) Dr.オレンジ(640) キャンベル(650) ※劇中で、SPG隊員養成訓練車両としても使用された※劇中で、655稱 カプト・トリアングリ線(655) 272号のカプト・トリアングリ線とは別列車。 [先頭へ戻る]
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