1988年(デビュー後) - 1993年
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「B'z」の記事における「1988年(デビュー後) - 1993年」の解説
デビュー1年目は音源を制作してリリースすることで話題を繋いでいこうという戦略であり、当時の松本には「アルバムを少なくとも2枚出すまで絶対ツアーをやらない」、「ライブハウスからではなく、はじめからホール展開でやっていく」というビジョンがあった。その代わりにヤマハのモニターを務めていた松本が「ギター・セミナー」を開催し、セミナー後には同行していた稲葉とともにB'zを披露するキャンペーンで全国各地を回った。この頃、松本はまだTM NETWORKのツアーに参加するスケジュールが残っており、コンサートの前後にセミナーを開催する時もあった。 B'zが初めて観客の前でライブを披露したのは、1989年にTM NETWORKやFENCE OF DEFENSEとの音楽イベントにオープニングアクトとして出演した時であり、松本は初めて稲葉がライブで歌っているのを横でギターを弾きながら見た時に、「『これは絶対にいけるな』と思った」と述べている。2ndアルバム『OFF THE LOCK』発売後、初の単独ライブ『B'z LIVE-GYM #00 "OFF THE LOCK"』を東名阪の3ヵ所で開催した。3rdアルバム発売前に実験的な試みで発表した1stミニ・アルバム『BAD COMMUNICATION』がロングセラーを続ける中、1990年発売の3rdアルバム『BREAK THROUGH』がオリコンチャート初登場3位となりトップ10入りを果たした。 これまではアルバムとシングルを同時発売していたが、4thシングル『BE THERE』を単独発売しシングルでもオリコンチャートトップ10入りを果たした。なお、このシングルから収録曲の表記を「1st beat」、「2nd beat」としているほか、音楽制作集団「B+U+M」をクレジットしている。続く5thシングル『太陽のKomachi Angel』で初のオリコンチャート1位を獲得すると、4thアルバム『RISKY』は初のアルバムチャート1位とミリオンセラーを達成した。この年はシングル5枚、オリジナル・アルバム2枚、ミニ・アルバム1枚、ビデオ1作品を発表しており、毎月のように各音楽雑誌が紙面に取り上げ、表紙を飾ることもできた。1991年発売の8thシングル『LADY NAVIGATION』ではシングル初のミリオンセラーを達成した(なお、「LADY NAVIGATION」から1996年発売の20thシングル『Real Thing Shakes』まで13作品連続ミリオンセラーになっている)。また、1991年はそれまでに発表した曲の中から人気曲などを演奏する『B'z LIVE-GYM "Pleasure '91"』を開催した年であり、以後シリーズ化していく。5thアルバム『IN THE LIFE』発売後、翌年にかけて『B'z LIVE-GYM '91-'92 "IN THE LIFE"』を開催した。 1992年の『B'z LIVE-GYM Pleasure '92 "TIME"』ではアリーナクラスの会場に「STAR FISH」と名づけられた可動式の照明トラスを持ち込み、360度全方向に客席を設けた。この年は10thシングル『BLOWIN'』と11thシングル『ZERO』、6thアルバム『RUN』と4thミニ・アルバム『FRIENDS』を発売している。1993年は『B'z LIVE-GYM '93 "RUN"』を開催し、ツアー中に12thシングル『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』と13thシングル『裸足の女神』を発売した。夏にはB'z初の野外ライブ『B'z LIVE-GYM Pleasure '93 "JAP THE RIPPER"』を渚園(静岡県弁天島海浜公園)で2日間開催した。
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1988年~1993年
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「ヴイックス メディケイテッド ドロップ」の記事における「1988年~1993年」の解説
喉の痛みと戦うビジネスマンの様子を描いたCMが放映されていた。
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