10円玉曲げとは? わかりやすく解説

10円玉曲げ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 06:51 UTC 版)

大山倍達」の記事における「10円玉曲げ」の解説

非常に握力の強い空手家であった著書強くなれ! わが肉体改造論』によると、若い頃握力100キログラム超えていたとのこと最近検証では120130キログラムあったと言われている。若い修行時代から、両手五指訓練は欠かさなかった。その結果硬貨を、親指人差し指中指の腹の部分押さえて曲げることが出来たとされる(「パワー空手」の記事による)。未だにこの記録打ち破る者は、自らの弟子からも、それ以外からも出ていない。大山著書には柔道家木村政彦実見しているとある。 目撃談として、剛柔流山口剛史山口剛玄息子)が「1953年昭和28年)に浅草公会堂演武会を開いた時、10円玉曲げていた。後で目の前でやってもらったこともある」と言い南本一郎は「初め会った時に3つの指で10円玉曲げたですよ。それもハンパ曲がりじゃなくて、しっかり曲がってた」と証言している。 『空手バカ一代』などの漫画でもこのエピソード語られこの際全身ジンマシンが出るという話を聞き当時週刊少年マガジン編集長連載決意したという逸話がある。劇中では「原因不明だ人間限界超えた動き副作用」というような表現がされていた(『男の星座』)。まだ極真会館設立される前、饗応受けたお礼としてこの技を披露したといわれている。 これら(硬貨曲げ等)はトリックがあったと指摘する関係者もいるが、昭和26年から昭和33年作成され10円玉いわゆるギザ十)は現行の10円玉よりも若干薄く大山倍達実際に曲げたという説が有力となっている。10円玉硬貨折り実見したと語る人も多数存在する前述証言をした山口剛史幼少の頃新年会演武会で大山硬貨折りビール瓶の手刀斬りなどの神技を見るのが楽しみだった語っている。なお、硬貨曲げることは貨幣損傷等取締法違反である。 大山死後自宅家族遺品整理の際に曲がった十円玉発見され、『月刊大山倍達』に掲載され雑誌にも転載されている。

※この「10円玉曲げ」の解説は、「大山倍達」の解説の一部です。
「10円玉曲げ」を含む「大山倍達」の記事については、「大山倍達」の概要を参照ください。

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