ちょうびさい‐こうぞう〔テウビサイコウザウ〕【超微細構造】
超微細構造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/30 03:47 UTC 版)

超微細構造(英: Hyperfine structure)とは、原子物理学において、原子や分子のエネルギー準位(あるいはスペクトル)に現れる小さなシフトや分裂である。超微細構造は、原子核とその原子核位置における場との相互作用(超微細相互作用、英: Hyperfine interaction)により起こる。
原子の超微細構造は、原子核の磁気双極子モーメントと電子がつくる磁場との相互作用や、原子核の電気四重極モーメントと原子内の電荷分布がつくる電場勾配との相互作用から生じる。 分子の超微細構造は、一般に上記2つの効果が支配的だが、他に分子内の異なる磁性原子核が持つ磁気モーメント間の相互作用や、核磁気モーメントと分子の回転によって発生する磁場との間の相互作用も含まれる。
超微細構造と微細構造(fine structure)は異なるものである。微細構造では、電子スピンがつくる磁気モーメントと電子の軌道角運動量との相互作用がエネルギーシフトを起こす。超微細構造では、原子核とその内部に生じる電場や磁場との相互作用がエネルギーシフトが起こす。超微細構造のエネルギーシフトは微細構造のエネルギーシフトに比べて桁違いに小さい。微細構造のスケールが数ミリ電子ボルトであるのに対し、超微細構造のスケールは10-12電子ボルトである[1]。
歴史
超微細構造は19世紀末に既にアルバート・マイケルソンにより光学的に観測されていた[2]。しかし、説明は1920年代の量子力学に依らなければできなかった。1924年にヴォルフガング・パウリは核磁気モーメントを理論的に提案した[3]。
原子の超微細構造に関する初期の理論は、1930年にエンリコ・フェルミによって、任意の角運動量を持つ価電子を1個含む原子について与えられた[4]。この構造のゼーマン分裂は、同年末にサミュエル・ゴーズミットとロバート・バッチャーによって議論された。[5]1935年、H. Schüler と Theodor Schmidt は、ユウロピウム、カシオピウム(ルテチウムの旧称)、インジウム、アンチモン、水銀の超微細構造の異常を説明するために、核四重極モーメントの概念を提案した[6]。
理論
超微細構造の理論は電磁気学に由来し、(電気単極子を除く)原子核の多極子モーメントと内部で発生する場との相互作用からなる。ここでは、まず、原子の場合についての理論を導く。この理論は分子内の各原子核にも適用できる。その後、分子の場合に特有な追加効果について議論する。
原子の超微細構造
磁気双極子 (Magnetic dipole)
超微細ハミルトニアンにおいて支配的な項は、普通、磁気双極子項である。ゼロでない核スピン 超微細分裂は非常に小さいため、遷移周波数は通常、光学領域(波長100 nm ~ 1 mm)でなく、ラジオ波やマイクロ波(サブミリメートルとも呼ばれる)周波数の領域にある。
超微細構造は、星間物質中のHI領域で観測される21cm線を生み出す。
カール・セーガンとフランク・ドレイクは、水素の超微細遷移は時間と長さの基本単位として用いるに足る普遍的な現象であると考え、パイオニア探査機の金属板や後のボイジャーのゴールデンレコードに記した。
サブミリ波天文学において、ヘテロダイン受信機は、星形成領域や若い星状天体などの天体からの電磁信号を検出するために広く使用されている。観測された回転遷移の超微細スペクトルの隣接する成分間の間隔は、通常、受信機の中間周波数バンドに収まるほど小さい。光学的深さは周波数によって異なるため、超微細成分間の強度比は、それらの本来の(または光学的に希薄な)強度とは異なる(これがいわゆるHyperfine anomalyであり、シアン化水素HCNの回転遷移でよく観測される[18])。したがって、光学的深さをより正確に測定することが可能になり、天体の物理的パラメーターを導き出すことができる[19]。
核分光法では、物質の局所構造を調べるために原子核が利用される。これらの方法では主に、対象原子核(プローブ)とその周囲の原子やイオンとの超微細相互作用が用いられる。メジャーな方法として、核磁気共鳴、メスバウアー分光法、摂動角相関法がある。
原子蒸気レーザー同位体分離(AVLIS)プロセスでは、ウラン235とウラン238の光学遷移における超微細分裂を利用して、ウラン235原子のみを選択的に光イオン化する。その後、イオン化された粒子を非イオン化された粒子から分離する。正確な波長の光線を供給するために、精密に調整された色素レーザーが使用される。
超微細構造の遷移を利用して、非常に高い安定性、再現性、およびQ値を持つマイクロ波ノッチフィルタを作ることができる。これは非常に精密な原子時計の基礎として利用できる。遷移周波数という用語は、原子の2つの超微細準位間の遷移に対応する放射の周波数を示し、f = ΔE/hに等しい(ΔEは準位間のエネルギー差であり、hはプランク定数)。通常、セシウム原子やルビジウム原子の特定の同位体の遷移周波数が、これらの時計の基礎として使用される。
超微細構造遷移を利用した原子時計は、その精度の高さから秒の定義の基礎として用いられる。2019年以降、1秒は以下のように定義されている。
1983年10月21日、第17回国際度量衡総会は、メートルという単位を、1秒の 1/299,792,458 の時間間隔で真空中の光が進む経路の長さと定義した[20][21]。
水素とミューオニウムにおける超微細分裂は、微細構造定数αの値を測定するために用いられてきた。他の物理系でのαの測定値との比較は、量子電気力学の精密なテストを可能にする。
トラップされたイオンの超微細準位は、イオントラップ量子コンピューティングにおける量子ビットの保存によく使われる。超微細状態の寿命は非常に長く、実験的には10分程度であることが知られている(準安定電子準位は1秒程度)。
状態のエネルギー分離に関連する周波数はマイクロ波領域にあり、マイクロ波放射を使用して超微細遷移を駆動することが可能である。しかし、現在のところ、特定のイオンに焦点を合わせることができるエミッターは存在しない。その代わりに、一対のレーザーパルスの周波数差(離調(detuning))を必要な遷移の周波数に等しくすることで、遷移を駆動することができる。これは本質的に誘導ラマン遷移である。さらに、近接場勾配を利用して、約4.3マイクロメートルの距離にある2つのイオンをマイクロ波で個々に直接扱うことができる[22]
核分光法
核技術
国際単位系における秒とメートルの定義への利用
量子電気力学の精密試験
イオントラップ量子コンピューティングにおける量子ビット
関連項目
参考文献
超微細構造(分裂)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/20 06:24 UTC 版)
「エネルギー準位」の記事における「超微細構造(分裂)」の解説
詳細は「超微細構造」を参照 磁気双極子モーメントと核磁気モーメントが相互作用することにより、超微細構造分裂が引き起こされる。典型的な大きさは 10 − 4 {\displaystyle 10^{-4}} eV 程度である。
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