資金源及び武器隠遁
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 02:51 UTC 版)
「コロニア・ディグニダ」の記事における「資金源及び武器隠遁」の解説
コロニアの表面の経済活動は農業であった。コロニアでは、シェーファーの楽園を作るため、1年365日、1日16時間の無償強制労働が続けられた。また1960年代の入植当初から小児虐待、強制労働、電気ショックを含む拷問が行われた。 入植地は、広さ13000ヘクタール(東京ドーム約2780個分)を持ち、学校や無料の病院、食料品から最新型のメルセデス・ベンツのセダンやトラック、武器や化学兵器などの地下工場や2本の滑走路の他、発電所さえ存在した。さらに高さ100メートルを超える監視塔、赤外線センサーで網羅された鉄条網や対戦車防護壁、各建物を繋がれた無線、有線の連絡網など、農業を守るだけとは思えない規模の様々な施設があり、その為に「アドルフ・ヒトラーの逃亡先では」とまで噂された。なお、コロニアの初期当時から、コロニアはシェーファーなどのヒトラー信奉者を中心とした「ナチス残党を集めてナチスの再建を図っている」ドイツ亡命者の集まりで、さらに冷戦下でCIA、ロッジP2などの反共主義組織との武器売買の関係が噂されていた。 これらの資金源は、ナチス時代のドイツから戦前に持ち出していた資金を横領したもの(本来なら敗戦時に東西ドイツおよび戦勝国に返還すべきものである)、敗戦時に横領し元ナチ党員やドイツ軍関係者により南米に持ち出された金品(これも敗戦時に東西ドイツおよび戦勝国に返還すべきもの)、戦後のナチ党信奉者からの寄付、米中央情報局(CIA)やロッジP2、チリ政府(1973年以降はピノチェトの軍事政権)などとの不法な武器売買、そしてコロニア内での農業があると想定されている。 そして1979年にはサイモン・ヴィーゼンタールが、かつてアウシュヴィッツ強制収容所にて様々な人体実験を行い「死の天使」として恐れられた医師ヨーゼフ・メンゲレが、第二次世界大戦後にコロニー内にいたことを明らかにした。またコロニアからの脱走者ヴォルフガング・ミューラーも、入植地内にナチ親衛隊の士官が2名いたことを認めた(後に撤回)。
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