裁断批評と印象批評
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 07:41 UTC 版)
あらかじめ定められたなんらかの客観的規準によって評価を下す裁断批評(judical criticism)と、できあいの尺度を用いずに、読者個人の主観的な好悪や印象に基づいて判断する印象批評(impressionistic criticism)。裁断批評における客観的規準のもっとも伝統的なものは理想美であり、アリストテレスがその『詩学』においてギリシアの劇・詩の特性を帰納して以来、営々として磨き上げられた古典主義美学は、ボアローの『詩法』(1674)に至って完成する。また、17世紀のフランスでは、とくに悲劇について、筋・時・場所の単一を定めた「三一致の法則」をはじめ、題材、登場人物、幕数、語彙などについて、細かい取り決めと制約があった。近代に至って、新しい世界観の登場とともにこのような絶対美の概念は崩壊、文学活動の個性的分化、価値観の多様化が生じる。19世紀に科学主義・実証主義が広まると、テーヌは血統・環境・契機の三大要素をもって作家・作品を規定しようとし(環境説)、ブリュンチエールはダーウィンに倣った文芸ジャンルの進化説を、フロイトは無意識的リビドーを批評の根底に据えた。
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