細胞内でのブラウン運動の利用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 04:42 UTC 版)
「ブラウン・ラチェット」の記事における「細胞内でのブラウン運動の利用」の解説
上述の議論は逆に、もし一定の制動機構を働かせ続けるなら、激しい分子運動によりブラウン運動を受ける環境の元で、そのブラウン運動を利用して上述のようなブラウン・ラチェットの歯車を回転させ続けることができることを意味する。 上述のラチェットの歯車の歯に似たノコギリ状の非等方的な構造を持つポテンシャル(ラチェット・ポテンシャル)が与えられていると仮定しよう。このポテンシャルの障壁を乗り越えられないレベルのエネルギーを持つ粒子は、片方の方向に偏った位置(例えば右)にある極小点のまわりに捉えられる。このノコギリ状のポテンシャルを外部から取り除くと、爪が外された歯車のように粒子はその回りで自由に等方性のブラウン運動を行なえるようになる。 再びポテンシャルをかけると粒子は再びどこかの極小点に捉えられるが、極小点の位置が右に偏っているため、それが移動するときには左よりも右に移動する確率が高くなる。 この過程を繰り返せば正味の運動として粒子の右向きの運動を取り出すことができる。 実際これは、細胞膜上でイオン勾配に逆らってイオンを運搬(能動輸送)している膜蛋白であるイオンポンプのモデルである。運搬されるイオンは電位勾配の他に分子衝突によるブラウン運動を行なっている。一方、イオンポンプの蛋白であるトランスポーターは化学的に作用するエネルギーにより形が絶えず変化して偏ったポテンシャルを作り出しては消している。これによってランダムな運動を利用しつつイオンポンプはイオンを勾配に逆らって運搬すると考えられている。この時の粒子の運動は日常的なラチェット機構から想像されるものとは逆向きとなる。 このほか細胞内の分子モーターとして働いているアクチン・ミオシン系、チューブリン・ダイニン系、チューブリン・キネシン系(動きは回転でなく直線的)などについても同様のモデルが提出されており、このモデルと矛盾しないような知見(1回の反応による移動距離にランダム性が見られるなど)も得られている。 この場合には熱力学第二法則に背いているわけではない。非等方ポテンシャルの底に粒子を留めようとするには粒子の熱を取り除くことが必要であるし、またポテンシャルを印加する化学的エネルギーはATPをADPに分解するときに作られるものであるが、この機構はATPとADPの濃度差が非平衡に保たれている間だけ作用できるからである。この機構が一般に熱力学的に有利であるわけではない。
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