第3、第4の哨戒 1944年2月 - 7月
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「ミンゴ (潜水艦)」の記事における「第3、第4の哨戒 1944年2月 - 7月」の解説
2月26日、ミンゴは3回目の哨戒で南シナ海に向かった。3月22日夜、ミンゴは北緯13度05分 東経114度45分 / 北緯13.083度 東経114.750度 / 13.083; 114.750の地点でレーダーにより5隻の輸送船と4隻の護衛艦からなる9つの目標を探知し、魚雷を6本発射。やがて6つの爆発音が聞こえ、さらに閃光も見えた。しかし、護衛艦が反転してくる気配があったので、戦果確認は行わなかった。ミンゴは南シナ海での哨戒を終えると、ビスマルク諸島海域を経て、5月4日にニューギニアのミルン湾に寄港。5月9日、ミンゴは73日間の行動を終えてブリスベンに帰投した。その後、前進基地のマヌス島に回航され、6月10日に到着後は訓練に従事した。 6月19日、ミンゴは4回目の哨戒でセレベス海および南シナ海に向かった。7月7日未明、ミンゴは北緯14度19分 東経117度57分 / 北緯14.317度 東経117.950度 / 14.317; 117.950のルソン島沖マニラ湾口西方で、シンガポールからマニラに向かっていた特設運送艦旭東丸(飯野海運、10,051トン)と、護衛の軽巡洋艦北上、駆逐艦玉波および藤波を発見した。船団の方でもミンゴの存在を察知し、玉波をその制圧に差し向けた。ミンゴは玉波に対して魚雷を4本発射したが命中しなかったためさらに4本発射し、今度は3本が命中して玉波を轟沈させた。この哨戒は敵艦船との遭遇が旭東丸船団を含めて三度しかなかった。7月30日、ミンゴは46日間の行動を終えてフリーマントルに帰投。艦長がジョン・R・マディソン少佐(アナポリス1937年組)に代わった。
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