第3、第4の哨戒 1944年4月 - 7月とは? わかりやすく解説

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第3、第4の哨戒 1944年4月 - 7月

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 16:05 UTC 版)

アポゴン (潜水艦)」の記事における「第3、第4の哨戒 1944年4月 - 7月」の解説

4月2日、アポゴンは3回目の哨戒日本近海向かった2日後4月4日ジョンストン島給油した後、哨戒海域向かった。しかし、出港翌日乗組員20ミリ機銃整備していた際、弾倉残っていたカートリッジ乗組員の足の上落ち負傷させたため、アポゴンはこの負傷した乗組員上陸させるべくジョンストン島戻った負傷した乗組員上陸させた後、4月6日再出撃した。この哨戒では目立った戦果はなかった。5月22日、アポゴンは49日間の行動終えてマジュロ帰投した。 6月8日、アポゴンは4回目の哨戒ガードフィッシュ (USS Guardfish, SS-217) 、スレッシャー (USS Thresher, SS-200) 、ピラーニャ (USS Piranha, SS-389) とウルフパック構成しルソン海峡方面向かった7月12日、アポゴン以下のウルフパックは、バタン諸島近海モマ01船団発見。アポゴンはそのうちの1隻である日蘭丸南洋海運、6,503トン)を攻撃しつつあった時、日蘭丸はアポゴンの潜望鏡発見し突進してきた。アポゴンは艦尾発射管からの攻撃切り替えて攻撃態勢整えつつあったその時、アポゴンの右手にあった陸軍特殊船摩耶山丸三井船舶、9,433トン)がアポゴンの潜望鏡向けて体当たり攻撃爆雷投下行った潜望鏡は2本とも破損しレーダーもねじ曲げられた。アポゴンは哨戒打ち切り7月22日ミッドウェー島到着して潜望鏡応急修理した。7月26日、アポゴンは37日間行動終えて真珠湾帰投潜望鏡エンジン交換を含む改装工事受けた艦長アーサー・C・ハウス・ジュニア(アナポリス1934年組)に代わった。

※この「第3、第4の哨戒 1944年4月 - 7月」の解説は、「アポゴン (潜水艦)」の解説の一部です。
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